9-6 トリチウムを施設内に閉じ込める

−あらゆる状況でトリチウムを確実に酸化する触媒塔の設計手法−

図9-15 トリチウム除去システムのフロー図

図9-15 トリチウム除去システムのフロー図

施設建屋内で漏えいしたトリチウムガスは、トリチウム除去システム内の触媒酸化塔システムで酸化し、トリチウム水蒸気に転換した後、トリチウム水蒸気回収システムで除去します。

 

図9-16 トリチウムと各炭化水素成分を同時に触媒塔へ導入した際のトリチウム化炭化水素の生成率

図9-16 トリチウムと各炭化水素成分を同時に触媒塔へ導入した際のトリチウム化炭化水素の生成率

図中破線より上では、トリチウムとエチレンのみが有意に反応してトリチウム化エチレン(またはトリチウム化エタン)となることを示しています。温度が高くなるとトリチウムの燃焼が促進されるため、トリチウム化エチレンの生成率は小さくなります。エチレンは200 ℃で燃焼してしまうため、その温度以上ではトリチウム化エチレンは生成しなくなります。

 


核融合炉施設では燃料となるトリチウムを大量に取り扱います。トリチウムは水素の同位体で放射性物質であるため、環境放出を極力抑制するトリチウム除去システムが施設内に置かれます。トリチウム除去システムは、「施設内で起こり得るあらゆる異常事象」に対してトリチウム除去性能を確保することが必要です。私たちはあらゆる異常事象に対応できるトリチウム除去システムを設計するために、各異常事象がトリチウム除去性能に与える影響を実験と解析により精査してきました。

トリチウム除去システムは、触媒酸化塔システムとトリチウム水蒸気回収システムで構成されます(図9-15)。触媒酸化塔システムは、異常時に漏えいトリチウムとともに各種ガスが混入した場合においてもトリチウム酸化性能を維持することが必要です。火災時を想定した場合、可燃性有機物の燃焼によりメタン,エチレン等の炭化水素が生じます。触媒酸化塔では、トリチウムと炭化水素との反応でトリチウム化炭化水素が生じてもトリチウム酸化性能を維持すること,炭化水素の反応熱により触媒酸化塔が過剰なトリチウム透過や爆発等の危険事象を誘発する異常温度上昇を起こさないことが課題でした。

私たちは、実験によりトリチウム化炭化水素の生成反応が、炭化水素ガスの中でもエチレンのみに顕著に生じる反応であることを明らかにしました(図9-16)。このことは、トリチウム化炭化水素の生成では、炭化水素中の水素とトリチウムが置換する水素同位体交換反応が極めて遅く、炭化水素に対して水素原子を付加する水素化反応がトリチウム化炭化水素生成の支配的な反応機構であることを示しています。すなわち、燃焼させるのに高い温度を必要とするトリチウム化メタンは構造的に交換反応でしか生成しないため、その生成率は極めて小さく、触媒酸化塔の温度をエチレンが完全燃焼する温度とすることで、トリチウム化炭化水素を酸化できることが分かりました。したがって、比較的低い温度の触媒酸化塔でトリチウム化炭化水素を酸化できるため、トリチウム酸化性能の維持と反応熱による触媒酸化塔システムの異常温度上昇抑制が両立できることを示しました。

我が国はITER機構とともに南仏に建設中の国際熱核融合実験炉ITERのトリチウム除去システムの調達を担当しています。私たちはトリチウム除去システムの性能確証試験を実施しており、核融合炉施設の安全確保に向けた研究開発を進めています。