1-18 身近な“塩”を使って土を生まれ変わらせる

−高輝度放射光が解き明かす土壌からのセシウム除去メカニズム−

図1-37 高輝度放射光により測定した、室温から加熱した場合のセシウム吸収端X線吸収スペクトル

図1-37 高輝度放射光により測定した、室温から加熱した場合のセシウム吸収端X線吸収スペクトル

(a)混合塩を添加しない場合、室温〜700 ℃〜室温の一連処理において形状に違いは見られません。(b)一方、混合塩を添加した場合、加熱前後で異なるスペクトル形状になりました。これは混合塩を添加して加熱することでCs周辺の構造が大きく変化したことを意味します。

 

図1-38 風化黒雲母からCsが取り除かれる様子

図1-38 風化黒雲母からCsが取り除かれる様子

高輝度放射光によりCs周りの構造を知ることができます。最初に酸素と結合していたCsは、混合塩を添加して加熱することで塩素と結びつく様子が分かります。

 

図1-39 混合塩添加により加熱処理を行った後に粘土鉱物中に含まれるCsの残量

図1-39 混合塩添加により加熱処理を行った後に粘土鉱物中に含まれるCsの残量

700 ℃加熱では、Csが100%除去されていることが分かります。

 


東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故により大量の放射性物質が飛散した結果、大量の汚染土壌が発生し、今後その管理・処理に膨大な費用がかかる可能性が指摘されています。また適切な方法による最終処分が必要不可欠であるため、事故後6年が経過した現在も、汚染土壌の大幅な減容化を含めた処理方法の検討が各所で進められています。1F事故によって放出された放射性セシウム(Cs)は、汚染土壌中の粘土鉱物に多く収着していると見られますが、特に風化黒雲母(WB)が非常に重要であることが明らかになっています。私たちは、粘土鉱物からCsが取り除かれるメカニズムの解明や効果的な除去法の開発を進めることにより、これらの問題解決を目指しています。これまでの熱処理法では、1000 ℃以上の加熱が必要でした。この加熱温度を下げることで、処理コストを削減できる可能性があります。そこで私たちは、反応促進剤の添加による融点降下現象を利用して、より低い溶融反応温度の実現を目指しました。本研究では、高輝度放射光を用いたその場観察により、土壌からCsが取り除かれるメカニズムを調べました。

実験では、福島のWBをモデル土壌として用いました。このWBは阿武隈高地の花崗岩に由来していて、福島では広く存在する粘土鉱物です。他の粘土鉱物に比べてCsを強く収着するという性質があります。そのため、Csを効果的に取り除く反応促進剤として混合塩(NaCl-CaCl2)を加えて実験を行いました。混合塩がWBに及ぼす影響を調べるため、200〜700 ℃の加熱温度でその場X線吸収分光測定を行い、混合塩添加の有無によるスペクトルの違いを比較検討しました。混合塩を添加しない場合、加熱前後で違いが生じなかったのに対して、添加した場合には、加熱中から室温に戻る過程において違いが生じることが分かりました(図1-37)。

この結果は、塩添加した場合の加熱処理によりCs周りの構造が変化することを示します。そこで、詳しい構造をさらに調べるために、フーリエ変換から得られる動径構造関数の結果を比較検討しました。その結果、最初は酸素原子と結合しているCs(Cs-O結合)は、加熱過程で部分的に塩素との結合(Cs-Cl結合)が新しく形成され、冷却によって粘土鉱物中のCsが塩化物相に取り込まれることが分かりました(図1-38)。

Csが塩化物相に取り込まれているのであれば、加熱後の試料を水洗することによってCsが効果的に除去されるのではないかと予想されます。そこで、加熱後の試料を複数回水洗いした後に、蛍光X線分析による定量解析を行いました。その結果、混合塩添加を施して700 ℃加熱するとCsは100%除去されることが分かりました(図1-39)。

本研究は、JAEAプロジェクト「粘土鉱物Cs吸脱着機構」やSPring-8 BL11XUにおいて、課題番号2015B-3504、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(A)(No.16H02437)「福島汚染土壌の減容化と再利用に向けたセシウムフリー鉱化法の開発」及び基盤研究(C)(No.16K06965)「溶融塩処理法を用いた汚染土壌からのセシウム脱離とその構造解析」の補助により得られた成果です。