図1-40 土壌中粘土鉱物のエッジ
図1-41 粘土鉱物エッジにおける水分子とヒドロキシル基の結合様態の違い
東京電力福島第一原子力発電所事故によって、多量の放射性物質が環境中に放出されました。中でも放射性セシウム(Cs)は表層土壌に強く吸着し、さらに半減期が長いために、住民避難の主な原因となっています。これまで大規模除染が続けられており、放射能及び空間線量率の低減に成功しています。しかし、除染で生じた膨大な除去土壌の減容処理の方法や安全な保管方法等が問題となっており、経済的かつ効率的な除去土壌の減容・保管に向けて、研究開発が続けられています。
土壌中のCsは、主に粘土鉱物に吸着・固定されることが知られています。もし、粘土鉱物からCsを分離できれば、除去土壌の減容が可能ですが、まだ効率的な分離手法はありません。これまでの研究によって、雨に溶けた陽イオンとして地表に落ちた放射性Csは、粒径の大きな無機物や有機物を経て、吸着力の強い粘土鉱物に集まり、その内部に取り込まれて固定されると考えられています。しかし、原子レベルの吸着・固定プロセスの詳細は今も不明です。これらの理解が進めば、効果的な減容処理の方法が開発できると期待されます。
これまでの研究によって、Csは粘土鉱物のエッジ部分(図1-40)に吸着しやすいと考えられていますが、観測が難しいため、エッジ部分における原子の配置や結合状態などは謎に包まれています。特に、なぜ電気的に中性な水分子がエッジに安定に配位するのか、その理由は不明なままでした。この水分子の脱離が放射性Csの吸着に強く関わっていると予想されることから、私たちは、スーパーコンピュータ上で比較的単純な構造を持つ粘土鉱物(パイロフィライト)のモデルを構築し、高精度な原子レベル物質構造シミュレーション手法である密度汎関数法を用いてその結合様態を調べました。
その結果、エッジ部分のヒドロキシル基とアルミニウム(Al)が電子を共有して結合するのとは異なり、水分子は水素結合のネットワークを構築することによってエッジ部分に結合することを突き止めました(図1-41)。エッジにおけるCs吸着は、この水分子の脱離と強く関係すると予想されるため、今後は、Csイオン(Cs+)がエッジに近づいた際の水分子やCs+の挙動を明らかにし、粘土鉱物におけるCs吸着様態を解明することによって、最終的には除去土壌の減容化に貢献すべく研究開発を進めていきます。