5-1 広帯域高周波加速空胴による世界初の大強度陽子ビーム加速の達成

−高調波成分によるビーム不安定性の解明−

図5-3 J-PARC 3 GeVシンクロトロンの高周波加速空胴

図5-3 J-PARC 3 GeVシンクロトロンの高周波加速空胴

金属磁性体を直接水冷する方式を採用し、従来の加速空胴の倍以上となる22 kV/mを実現しました。さらに金属磁性体の持つ広帯域周波数特性を活かして、マルチハーモニック励振での大強度陽子ビーム加速に世界で初めて成功しました。

 

図5-4 ビーム波形モニターで観測されたビーム不安定性

図5-4 ビーム波形モニターで観測されたビーム不安定性

大強度陽子ビームを加速したとき、加速開始直後にビームの塊(バンチ)の幅と波高値が大きくなったり小さくなったりを繰り返すビーム不安定性が観測されました。

 

図5-5 シミュレーションで再現したビーム不安定性

拡大図(52kB)

図5-5 シミュレーションで再現したビーム不安定性

(a)は粒子トラッキングシミュレーションにより、ビームを捕獲する安定領域が拡大・縮小を繰り返し、ビーム不安定性を引き起こすことが分かりました。(b)は比較のために載せたビームが安定な場合の結果です。

 


J-PARC 3 GeVシンクロトロン加速器は、大強度陽子ビームを25 Hzの高繰り返しで加速する装置です。陽子ビームは加速空胴において発生する高周波電圧によって加速されますが、J-PARCでは従来に比べて倍以上の高周波電圧勾配を実現する必要があり、これまでのフェライト磁性体ではなく、金属磁性体を用いた加速空胴を新たに開発しました(図5-3)。さらに金属磁性体には、広帯域周波数特性が備わっていることを活かして、単一の加速空胴で複数の周波数の高周波電圧を同時に作り出すマルチハーモニック励振も大強度陽子ビーム加速において初めて実現しました。

ところが、ビーム強度が設計値である1 MWに近づくにつれて、ビーム損失を伴うビーム不安定性が起きるようになりました。図5-4にビーム波形モニターの等高線プロットを示します。3 GeVシンクロトロンにおいてビームは二つの塊(バンチ)として加速されますが、バンチの幅や波高値が激しく振動しているのが分かります。大強度陽子ビームを取り扱うビーム力学理論は、これまで様々なビーム不安定性を説明してきましたが、今回観測されたものは既知の理論から予想されるよりも1/10ほど速い時間で増大することが、データの解析から判明しました。

そこで新しく採用した広帯域周波数特性を持つ加速空胴が、この未知のビーム不安定性の原因ではないかと考えました。大強度陽子ビームを加速する際には、ビーム自身が電流源となって加速空胴にウエイク電圧と呼ばれる加速を邪魔する電圧を発生します。これはビームを安定に加速するために元々かけている高周波電圧を乱し、ビーム損失につながります。このウエイク電圧を消去するシステムは既に導入されていましたが、ビーム電流をフーリエ解析して得られる主成分のみ消去すれば十分であると考えられていました。ところが、独自に開発したシミュレーションコードを使用して今回の現象を詳しく調べたところ、無視できると考えられていたビーム電流の主成分以外の高調波成分が急速に増大することが初めて示されました。

図5-5にシミュレーション結果を示します。この図はビーム分布(黒点)とビームが安定に加速される領域(赤線)の関係を示しています。(a)はビームが不安定な場合で、ビーム電流の高調波成分により安定領域が拡大・縮小を繰り返し、その過程で安定領域からビームがこぼれることが分かりました。(b)はビームが安定な場合で、安定領域の拡大・縮小が起こっていません。このことから、無視できると考えられていたビームの高調波成分が、広帯域周波数特性を持つ加速空胴の影響で新たなビーム不安定性を引き起こしていることを突き止めました。

この研究結果を基に、高調波成分によるウエイク電圧を消去する検討を行い、設計値である1 MWビーム加速を達成することができました。