図5-12 理研小型加速器中性子源システム(RANS)の基本構造
図5-13 RANSに設置した回折計
図5-14 RANSの回折測定で得られた複相鋼のオーステナイトとフェライトの回折ピーク
近年、地球温暖化対策として二酸化炭素(CO2)排出量の削減が求められており、自動車などの輸送機器では、軽量化による燃費向上が求められています。自動車の軽量化には、薄くかつ高強度な高張力鋼板の利用が適していますが、プレス加工性との両立が実用化の鍵となります。オーステナイト組織はこれを可能にする鋼組織の一つであり、この相分率を正しく把握して制御することが、新たな高張力鋼板の開発に重要です。相分率の測定には、鋼に対して透過性に優れた「中性子回折法」が有効ですが、ビーム強度の弱い小型中性子源では実施が困難と考えられてきました。そこで本研究では、図5-12に示す「理研小型中性子源システム(RANS)」を用いて、小型中性子源による中性子回折の実現と、それによる残留オーステナイト相分率測定の実現を目指しました。
本研究では、測定試料にフェライトとオーステナイトの2相から成る複相鋼を用いました。回折測定では、結晶構造によって決まる回折パターンが得られます。したがって、用いた複相鋼では2種類の相に由来する回折線が同時に得られ、これらの回折強度の比較により、オーステナイト相分率を求めることができます。まず、RANSにおける回折計の構築では、効果的な遮へいの配置によりバックグラウンドノイズを低減し、出力の小さい小型中性子源でも複数の回折ピークを識別できるようにしました。また、小型装置の強みである利便性を最大限に生かすため、設置した回折計を小型化し、各装置や試料へのアクセス性を確保しました。さらに試料の全方向測定ができるように、試料を2軸回転させながら回折線を測定する方式を取り入れました(図5-13)。これらの方式により、試料の全方位を5時間で測定でき、図5-14に示すように、オーステナイトとフェライトの両回折ピークを同時に得ることに成功しました。その結果、複相鋼のオーステナイト相分率は13.1 %となり、大型実験施設の測定結果13.9 %と比較して1 %以内の差で一致する結果が得られ、小型中性子源の有用性が示されました。
今後、さらなる検出器の増設や中性子源の改良によって、本手法の測定時間の短縮と精度の向上が見込まれます。そして、本技術は鋼材や鋼板の品質管理や開発にとどまらず、広く材料の基礎研究や新素材開発及び品質検査といったものづくり現場に貢献することが期待できます。
本研究は、原子力機構、理化学研究所及び東京都市大学の共同研究の成果です。