図5-15 中性子回折法と中性子透過率スペクトル測定の比較図
図5-16 NiO単結晶の中性子透過率スペクトル
中性子回折法は、中性子を物質に入射した際に生じる回折パターンから物質中の原子及びスピン配列を解析する手法です(図5-15)。中性子回折法では、解析精度を向上させるために、できるだけ広い角度で回折中性子を測定する必要があります。一方、私たちが着目した中性子透過率スペクトル法は、回折した中性子そのものを観測する代わりに、回折に伴う中性子透過率の減少から構造を決定します。透過中性子測定では、回折測定のような角度分解測定をすることなく構造を決定できるという利点があります。これまで、同手法は原子配列の決定に用いられてきました。また、中性子透過率スペクトルを二次元検出器で測定し、原子配列の空間分布をイメージングする手法として利用されてきました。
このような背景の下、私たちは、この中性子透過率スペクトル測定から原子配列のみならずスピン配列も決定できるはずであると着想し、新たに実験を行いました。図5-16は、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子源特性試験装置NOBORUで測定した、反強磁性体である酸化ニッケル(NiO)単結晶の中性子透過率スペクトルを示したものです。原子配列による回折(◯)に加え、反強磁性のスピン配列による回折(→)が透過率の減少(ブラックディップ)として観測されました。同様に、NiO粉末を測定したところ、理論予測に従い、スピン配列による回折が、シグナルは弱いものの段差状の透過率の減少(ブラッグエッジ)として観測されました。
本研究により、中性子透過率スペクトル測定が従来報告されていた原子配列のみならず、スピン配列の解析にも有効であることが実証されました。今後は、大きな開口角を作ることができない超高圧・強磁場・極低温などの極限試料環境機器と組み合わせた測定などへの展開が期待されます。また、中性子透過率スペクトルを二次元検出器でイメージングすることで、磁気記憶媒体におけるスピン配列のマッピングなども可能になります。