図5-19 X線吸収分光システムの概要図
図5-20 電流-X線吸収端位置同時測定結果
次世代エネルギー技術と呼ばれる燃料電池の開発が盛んに行われています。燃料電池は発電中に温室効果ガスである二酸化炭素を全く排出しないというメリットがある一方、電極触媒として高価なプラチナ金属を使う必要があるなど、さらなる普及に向けての課題点も指摘されています。プラチナは酸化により劣化するものと考えられており、燃料電池の動作中にプラチナ金属触媒がどう酸化されるかを調べることは重要です。
X線吸収分光法は元素選択性を持ち、電極構成要素のプラチナだけの情報を選択的に得て、吸収端位置の測定によりプラチナの酸化状態を決定できます。図5-19に、本研究で採用した分散型X線吸収分光システムと試料周りの概要を示します。通常の方法では、分光結晶を動かしてX線のエネルギーを変える必要がありますが、本方法では機械的に動く機構を必要とせずに吸収分光を計測でき、測定の高速化が図れます。これを利用して、触媒にかかる電位を掃引して電極触媒反応を変化させながらX線吸収分光を高速連続測定し、触媒反応中におけるプラチナ金属の酸化状態変化を観測しました。
燃料電池の反応では酸素還元反応が律速過程と考えられています。実験では電極を浸した溶液に酸素バブリングを施すことで酸素還元反応を実現させ、酸素を追い出した窒素バブリングの結果と比較しました。プラチナ触媒に対して電位を掃引させ、触媒反応に伴う電流変化と、同時測定したX線吸収分光によるプラチナの吸収端位置変化を、図5-20に示します。電位を高電位側から低電位側に変化させていくと、0.1 V以下では酸素バブリング下の電流が負方向に増大していることが見て取れます。これは酸素の還元反応に伴い電流が新たに流れたためです。この反応開始電位において、X線吸収端位置は比較的高い値を取っており、吸収端位置が高いほどプラチナが酸化されていることを示しています。このことから、プラチナ触媒表面が酸化膜で覆われた状態にて酸素還元反応が開始することが分かりました。また、電位を下げるにつれ吸収端位置が下がりますが、酸素バブリングの方が緩やかな傾きを示すことから、酸素の存在によりプラチナ触媒表面の還元反応が阻害されることも分かりました。
本研究により、反応開始電位におけるプラチナ触媒の酸化状態を決定できました。この結果は、酸素還元反応をより高電位側に広げる高性能な触媒の開発につながるものと考えています。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(B)(No.16K17540)「分散型X線吸収分光による精密局所歪測定」の助成を受けたものです。