8-3 坑道を閉鎖するとどんな地下水環境ができるのか?

−坑道閉鎖後の地下水環境の変化を世界で初めて観測−

図8-8 瑞浪超深地層研究所の概念図及び止水壁の写真

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図8-8 瑞浪超深地層研究所の概念図及び止水壁の写真

(a)は瑞浪超深地層研究所の概念図(赤い四角が冠水坑道)、(b)は冠水坑道を閉鎖する止水壁です。(c)は冠水坑道とボーリング孔の位置図で、黒い太線はボーリング孔の観測区間を、数字は区間番号を示します。円盤は冠水坑道、12MI33号孔、13MI38号孔で観察された割れ目を投影したものです。

 

図8-9 坑道の閉鎖期間中における地下水水質と微生物数の変化

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図8-9 坑道の閉鎖期間中における地下水水質と微生物数の変化

(a)は地下水のpHの時間変化、(b)は地下水のORPの時間変化を示します。(c)は地下水のDOの時間変化、(d)は冠水坑道内の地下水中にいる微生物数の時間変化を示します。は冠水坑道の地下水を、は12MI33号孔区間2の地下水をそれぞれ表します。灰色の期間は冠水坑道が開放されていた期間(〜2016年1月)を示します。

 


岩盤に坑道を建設し維持管理している期間は、地下水の汲み上げや換気、セメント材料の使用などにより坑道周辺の地下水環境(地下水の水圧や化学的性質)が変化します。変化した地下水環境が坑道閉鎖後にどうなるのか、これまでは主に室内試験やシミュレーションの結果から推測されていましたが、実際の坑道で観察した例はありませんでした。実際の地下環境は非常に複雑であるため、地下水環境の変化に対し、どのプロセスがどの程度影響するかを明らかにすることは重要な課題です。私たちは、地下500 mの花崗岩に掘削した体積約900 m3の坑道(冠水坑道:図8-8(a))を、2016年1月から鉄筋コンクリート製の止水壁(図8-8(b))で閉鎖して地下水で満たし、約1年間かけて冠水坑道内の地下水の水質変化を観察しました。また、冠水坑道の掘削に先立ち、冠水坑道から5 m離れた位置にボーリング孔を掘削し(12MI33号孔:図8-8(c))、冠水坑道周辺の地下水の水質を観測し続けました。

冠水坑道内の地下水のpHは、閉鎖直後は9以下でしたが、閉鎖から6ヶ月程度で約10まで上昇しました。一方で、冠水坑道周辺の地下水(12MI33号孔区間2の結果を例示)のpHは常に9以下でした(図8-9(a))。このことから、冠水坑道内では、壁に吹き付けたコンクリート中の鉱物(水酸化カルシウム等)が反応して、地下水のpHが上昇したと考えられます。また、地下水と接触していた吹付コンクリートの表面に方解石(CaCO3)が沈殿しており、地下水とコンクリートとの反応面積が低下していると考えられました。アルカリ化した冠水坑道内の地下水は、本試験では坑道の開放部に浸み出してきましたが、仮に坑道を埋め戻したとすると、坑道周辺の地下水流動速度に依存して、時間とともに周辺岩盤へ拡がると推察されます。

冠水坑道の中には、大気に触れて酸化した地下水を注水しており、当初、地下水の酸化還元電位(ORP)は酸化的な値(+300 mV前後)でしたが、閉鎖後3週間程度で冠水坑道周辺の地下水と同程度の還元的な値(−150 mV前後)になりました(図8-9(b))。このORPの低下と同じタイミングで溶存酸素(DO)濃度も低下しており(図8-9(c))、さらに地下水中にいる微生物の数が大きく増加しました(図8-9(d))。増加した微生物は、主に酸素を消費する微生物であったことが分かっています。この結果から、人為的な影響(坑道の掘削・開放による酸素の混入)を受けた地下水の中で、微生物が酸素を消費して、本来の還元的な状態への回復が促進されたことが示唆されました。

本研究の結果、坑道の掘削・維持管理・閉鎖による地下水環境の変化は、地下水流動、酸素の侵入、水-鉱物間の反応、微生物反応などが主なプロセスであることが分かりました。さらに、これまでに室内試験やシミュレーションで推測していた様々なプロセスが、実際の地下環境においてどの程度の速さでどの程度の影響があるのかを、世界で初めて把握することができました。

本成果は、実際の地層処分事業において安全評価をする際に役立つ重要な知見となります。

今後は、実際の地層処分を想定して、より大規模な坑道を閉鎖した際の地下水環境の変化を把握し、どのプロセスが重要であるかを確認する必要があると考えています。