10-1 ガンマ線による核物質試料の非破壊分析

−ガンマ線弾性散乱シミュレーションコードの開発−

図10-2 核共鳴蛍光散乱と競合するガンマ線相互作用

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図10-2 核共鳴蛍光散乱と競合するガンマ線相互作用

3種類の散乱現象(レーリー散乱、核トムソン散乱、デルブリュック散乱)が核共鳴蛍光散乱ガンマ線の測定でのバックグラウンドとなります。

 

図10-3 異なる元素による2.75?MeVガンマ線の弾性散乱微分断面積

図10-3 異なる元素による2.75 MeVガンマ線の弾性散乱微分断面積

開発したシミュレーションコードを用いて計算した弾性散乱の断面積を曲線で示しています。また、実験データをヒストグラムで示しています。図中のZは原子番号を表しています。

 


核不拡散・核セキュリティ総合支援センターでは、保障措置及び核セキュリティに関連する技術開発の一環として、核共鳴蛍光散乱法を用いた核物質の非破壊検知・分析技術開発を行っています。この測定法では、測定を阻害する遮へい物を透過しやすいガンマ線を用い、核共鳴蛍光散乱によって放出される核種固有のガンマ線を測定します。

純度の高い試料を単独で測定する場合においては、共鳴蛍光散乱ガンマ線のみを考慮すればよいのですが、試料中に混在物質がある場合などにおいては、それらからの影響を考慮する必要があります。例えば、核燃料ペレットの組成は、約90%が238Uで、239Puの量は1%以下です。このような核燃料ペレットの239Puを測定する場合、239Puからの核共鳴蛍光散乱ガンマ線に、238Uによる弾性散乱ガンマ線がバックグラウンドとして混ざってきます。精度の高い、非破壊核検知・測定を行うためには、試料に含まれる物質による弾性散乱ガンマ線を評価する必要があります。

図10-2は、弾性散乱ガンマ線を発生させるレーリー散乱核トムソン散乱デルブリュック散乱を示しています。レーリー散乱と核トムソン散乱が、それぞれ電子と原子核による散乱現象であるのに対し、デルブリュック散乱は、原子核外の電場(クーロン場)による光の散乱で、鉛やウランといった陽子数が多い原子核のように、原子核の周囲に強い電場を生じる場合に生じやすい散乱現象です。

これまで、ガンマ線の弾性散乱を評価する計算コードには、デルブリュック散乱が考慮されていなかったこともあり、本研究の非破壊分析で利用する条件では、ガンマ線弾性散乱の実験データを十分に再現することはできませんでした。そこで、本研究では、図10-2に示す3種類の異なる弾性散乱過程を全て計算し、得られた微分断面積を重ね合わせる計算コードをGeant4のサブルーチンとして開発しました。この結果、弾性散乱ガンマ線の散乱強度分布を、精度良くシミュレートできるようになりました。図10-3は、Geant4を用いたシミュレーションの結果を示したものです。元素(Z)を変えても、弾性散乱ガンマ線の角度分布の実験値が、シミュレーションで精度良く再現できていることが分かります。

この開発により、核共鳴蛍光散乱測定における弾性散乱ガンマ線のバックグラウンドを精度良く評価できるようになりました。また、バックグラウンドを低減する検出器配置の評価などに、シミュレーションが使えるようになりました。今後、核共鳴蛍光散乱測定技術の高度化のため、ガンマ線の直線偏光の効果を組み込んだ弾性散乱断面積計算コードの開発を進めていく予定です。 

本研究は、文部科学省の「核セキュリティ強化等推進事業費補助金」により実施しました。