図5-13 EuPtSiの磁気相図
図5-14 EuPtSiの中性子散乱強度マップ(a)ゼロ磁場、(b)1.2 T
数十nmの大きさを持ち、粒子的な性質を有する渦状の巨大スピン集合体“磁気スキルミオン”は、高性能記憶デバイスとしての可能性から、基礎・応用両面で高い注目を集めています。磁気スキルミオンは、結晶が右巻き、左巻きの区別(掌性)を持つMnSiでの発見を皮切りに、同種の結晶構造を持つ金属化合物MnGe、FeGe、絶縁体のCu2OSeO3などに拡がりを見せるとともに、物質例の増加に伴い、多彩な特性も見いだされてきています。一方主役であるスピンの担い手は、主に3d 系遷移金属元素に限られ、4ƒ 電子系希土類元素では報告がありませんでした。
最近、同種の結晶構造を持つEuPtSiの純良単結晶が育成されました。EuPtSiでは、7個の4ƒ 電子を持つEuイオンが磁性を担います。ゼロ磁場では4 Kで反強磁性秩序を示しますが、興味深い点は磁場を特定方向に印加した際に有限磁場・温度領域でのみ安定化する磁場誘起秩序相(A相)の存在です(図5-13)。この中間領域でのみ現れる秩序相は、MnSiの磁気スキルミオン相の持つ特徴の一つです。そこで私たちは、EuPtSiのA相について調べるために、単結晶中性子回折実験を行いました。
中性子散乱は、スピン配列の観測に加え、その透過性から磁場や低温など特殊環境下での測定に優れています。実験は、オークリッジ国立研究所の高中性子束同位体生産炉HFIRに設置された広角中性子回折計「WAND2」及び、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)のBL18に設置された特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置「SENJU」で実施しました。
MnSiでは、中性子小角散乱で観測された6回対称の散乱パターンが磁気スキルミオンの決定的証拠となりました。一方EuPtSiでは、まずゼロ磁場の結果から、長方形のパターンで特徴づけられる、らせん磁性を示すことを明らかにしました(図5-14(a))。ここに1.2 Tの磁場を加えてA相に入ると、長方形のパターンは一転し、MnSiの磁気スキルミオン相と同様、6回対称の磁気散乱パターンへと変化することを見いだしました(図5-14(b))。
本研究で明らかにしたEuPtSiの磁気散乱パターンの磁場変化はMnSiと酷似しており、EuPtSiのA相で磁気スキルミオン格子が形成されることを強く示唆するものです。一方でその周期長を見ると、MnSiでは小角散乱を使わないと格子と磁気反射が分離できないほど両者が近いのに対し、EuPtSiでは通常の回折実験で分離できる程度に格子と磁気反射は離れています。格子と磁気反射の距離は、磁気秩序の周期長に反比例することから、MnSiでは18 nmと長周期であるのに対し、EuPtSiではその1/10にあたる1.8 nmと極端に短くなっています。また、比較的広い温度範囲に存在するEuPtSiのA相の安定領域も、転移点のごく近傍にのみ存在するMnSiと対照的です。ƒ 電子系であるEuPtSiにおける磁気スキルミオン格子の発見は、新たな物質系はもとより、多様な特性の発見へとつながるもので、今後のさらなる研究の発展に貢献することが期待されています。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.16K05031)「量子ビームの相補利用でみる多様な秩序変数による量子臨界現象」の助成を受け、日米協力中性子散乱事業の枠組みのもと実施されました。