5-6 より高性能な鉄鋼材料の開発を目指して

−電子線及び中性子線によりミクロ組織の形成メカニズムを解明−

図5-15 パーライト鋼のミクロ組織写真

図5-15 パーライト鋼のミクロ組織写真

(a)は、走査型電子顕微鏡を用いたパーライト鋼のミクロ組織写真です。パーライトと呼ばれるα相(黒)とθ相(白)から成る層状組織を形成しています。(b)は、EBSD法で得られた結晶相の識別図です。パーライト組織中のα相(赤)とθ相(緑)が識別されます。(c)は、EBSD法で得られた結晶相の方位分布図です。パーライト組織中のα相とθ相のそれぞれの結晶の方位が特定されます。

 

図5-16 加熱中におけるパーライト鋼の格子定数の変化

図5-16 加熱中におけるパーライト鋼の格子定数の変化

中性子回折法による加熱中のその場測定で得られたθ相の格子定数の変化を示します。図中の曲線及び点線は、それぞれ格子定数変化の補助線と180分間加熱後の格子定数の値に対応します。高温で長時間保持することで、パーライト組織中の応力が緩和している様子が分かります。すなわち、ミクロ組織の形成には、この応力が影響していることが分かりました。

 


鉄鋼は、身近なオフィス用品から橋梁や鉄塔などの社会インフラなど、私たちの生活に欠かすことができない重要な構造材料です。鉄鋼材料は、結晶粒のサイズや形態などのミクロ組織を変化させることで、その強さや伸びを制御することができます。社会インフラなどの大型建築物に使われる材料には、壊れにくく、加工しやすい鉄鋼材料が求められていますが、それを開発するためには、ミクロ組織の形成メカニズムを理解することが重要となります。本研究では、新たな組織制御の可能性がある階層的な微視構造を持つパーライト鋼を研究対象として、電子後方散乱回折法と中性子回折法により、その形成メカニズムを調べました。

本研究で使用したパーライト鋼は、図5-15(a)で示すようなα相と呼ばれる体心立方格子の相とθ相と呼ばれる単純直方格子の相から成る層状のパーライトと呼ばれるミクロ組織を形成しています。この組織に対して、電子後方散乱回折法(Electron Backscatter Diffraction:EBSD法)を用いて、結晶相の識別とその方位分布を評価しました。その結果、図5-15(b)及び(c)に示すように、パーライトのα相とθ相の識別、すなわち、それぞれの結晶方位の特定ができ、単結晶のように一つの結晶相は一つの結晶方位(1色のカラーラベル)を示すはずであるが、この層状の結晶内部では結晶方位のずれに相当するカラーラベルの段階的な変化が観察できました。特に、α相では結晶方位の大きなずれがあることを確認しました。

そこで、この結晶方位のずれの原因がパーライト形成時に発生する応力であると考え、中性子回折法による高温その場測定によりその応力状態を評価しました。中性子回折実験は、大強度陽子加速器施設J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)のBL19に設置された工学材料回折装置「匠」において実施しました。図5-16は、600 ℃で保持したパーライトのθ相の格子定数の時間変化を示しています。単純直方格子のθ相の結晶軸a、b、cに対応した格子定数は、加熱時間の進行とともに変化することが分かりました。これは、図5-15(c)で観察されたパーライトの形成によって発生した応力が、長時間の加熱によって緩和していることを示します。したがって、鉄鋼材料のミクロ組織の形成には、この応力が影響していることが分かりました。本研究で得られた知見は、さらに高性能な鉄鋼材料を開発する上で重要な情報となります。

本研究は、科学技術振興機構の研究成果展開事業 産学共創基礎基盤研究プログラム「ヘテロ構造制御」により、東京工業大学、新日鐵住金株式会社との協力によって得られた成果です。