図6-15 イオン交換膜を用いたブンゼン反応(膜ブンゼン法)
図6-16 含水率と水の透過流束の関係
図6-17 膜ブンゼン反応後の(a)従来膜と(b)架橋した放射線グラフト膜の外観
高温ガス炉の熱利用技術として、熱化学水素製造法ISプロセス(IS法)の研究開発を行っています。IS法は、ヨウ素と硫黄の化学反応を複数組み合わせて水分解を行う化学プロセスで、原子力や自然エネルギーを熱源とした将来の水素製造技術の一つとして期待されています。IS法の出発点であるブンゼン反応は、水にヨウ素と二酸化硫黄を混合・反応させることで硫酸とヨウ化水素酸の2種類の酸を生成します。この2種類の酸に、多量のヨウ素を添加していくと、水と油のように2液に分離(二液相分離)します。ただし、この多量なヨウ素添加はプロセス溶液の循環量を増加させ、水素製造熱効率低下やコスト増加を招くため、多量のヨウ素添加を必要としない反応法の開発が望まれています。
この課題解決のため、水素イオン選択透過性を有するイオン交換膜を利用した、電解セルでブンゼン反応を進行させる膜ブンゼン法と呼ばれる方法があります(図6-15)。イオン交換膜で隔てた2室で、2種類の酸を分離した状態で反応させることで、二液相分離が不要となり、従来の多量のヨウ素添加が必要なくなります。
膜ブンゼン法のイオン交換膜には、所要エネルギーを抑えるための高い導電性、有害な副反応発生を抑えるための水透過を抑制する性能が求められます。しかし、膜の導電性を高めるには、膜中の含水量を高めることが必要であり、すなわち、水を含んでいるのに透過させない膜が必要となります。
このような性質を持つイオン交換膜を開発するため、量子科学技術研究開発機構で研究開発している放射線グラフト膜製作技術を利用し、膜中のグラフト鎖同士をつなぎ合わせて架橋構造を持たせ、グラフト鎖の隙間に取り込んだ水を維持しやすくすることで、水透過の抑制を試みました。
架橋した放射線グラフト膜の含水率と水の透過流束の関係を測定した結果、従来膜と同じ含水率でも水透過が減少することが分かりました(図6-16)。さらに、この試作膜を導入した電解セルにより膜ブンゼン反応を行うと、従来膜(図6-17(a))に比べて、膜の白濁が減ったこと(図6-17(b))が確認できました。これは、本試作膜では、透過する水の量が抑制され、水に同伴する二酸化硫黄も抑制されたため、副反応物の硫黄の発生が減少したことを示しており、架橋した放射線グラフト膜が膜ブンゼン法に適用できることを示しています。今後は、この技術を活用し、さらに高性能な膜の開発に取り組んでいく予定です。
本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」の委託研究課題「熱利用水素製造」の成果の一部です。