図4-4 陽子と107Pdの核反応による生成原子核の断面積
図4-5 本成果を用いた核変換シミュレーションの結果
原子炉を運転すると放射性物質が発生し、その一部は何世代にもわたって高い放射能レベルを維持します。そのため日本では、将来の人間の管理に委ねずに済むように、安定した地層に高レベル放射性廃棄物として処分する方針が示されています。一方で、この中に含まれている長寿命核分裂生成物(LLFP)を短寿命若しくは放射能のない安定な同位体へ「核変換」し、有害度を低減させることも一つの選択肢として考えられています。
核変換を実施する方法として、加速器や原子炉で生成される陽子や中性子ビームをLLFPに照射することが考えられます。核変換が最も効率的に進む工学的な設計を行うためには、数値シミュレーションによる評価が重要です。この数値シミュレーションの重要なインプットとして、LLFPと陽子・中性子の核反応断面積などの核データがあります。しかし、核反応断面積の測定に十分な量のLLFP試料を作成することは難しく、その実測値は限られています。そのため、核変換システムの数値シミュレーションに必要な核データの信頼性に課題がありました。
LLFPのように、実測値が限られた核反応断面積を評価するためには、理論モデルを用いた数値計算によって補う必要があります。そこで私たちは、核反応断面積の評価に(1)原子核の持つ統計的性質を利用した低エネルギー中性子の共鳴吸収断面積の予測、(2)最新の核構造モデル計算から得られた原子核励起状態からのガンマ線放出確率の採用、(3)原子核の変形度を考慮した新しい核構造モデルによるエネルギー準位密度計算、を導入するなど、従来モデルよりも高精度に核データを評価できる手法を開発しました。
図4-4は、開発した核データ評価手法と既存の核データファイル(TENDL–2017)について、実験により測定された核反応断面積(Wang, H. et al.(2017))*と比較したものです。TENDL–2017と比べ、本成果が実測値をよく再現していることが分かります。図4-5は、本成果の核反応断面積を用いて核変換の数値シミュレーションを行った結果の一例を示しています。107Pd(半減期650万年)に陽子を照射して核変換すると、大部分が安定核種と半減期10年未満の短寿命核種になることが分かりました。
本成果は、LLFPの有害度低減や資源化のための核変換システム研究に資することが期待されます。さらに、核物理学の最新知見を導入して開発した本評価手法はLLFP以外にも適用可能な汎用性の高いものです。今後、加速器を用いた中性子源の開発や医療用陽子加速器施設の放射化量評価などに必要なデータベースの構築に反映させたいと考えています。
本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」プロジェクトの一環として実施したものです。
(湊 太志)
*Wang, H. et al., Spallation Reaction Study for the Long–Lived Fission Product 107Pd, Progress of Theoretical and Experimental Physics, vol.2017, issue 2,2017, p.021D01–1–021D01–10.