図6-17 物性値を調査するための衝突解析
図6-18 衝突時の排気筒と原子炉建家の挙動
東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故後、自然現象に対する対策の一環として竜巻に対する原子炉の安全性確保も重要な課題となりました。これまでの竜巻起因の飛来物に対する健全性評価は、単純な形状の飛来物が壁を貫通等するかを評価するに留まっています。しかし、現実的には原子炉建家の周辺には排気筒のような複雑な形状の構築物等があり、これらが原子炉建家に衝突した場合の挙動を従来の手法で評価することは困難です。そこで、複雑な形状の飛来物の衝突を想定した評価を行うために、車や航空機の衝突解析で利用されている解析プログラムで作成した三次元実形状モデルを用いて、高温工学試験研究炉(HTTR)の排気筒が原子炉建家に衝突する際の挙動を解析しました。
衝突解析を実施するにあたっては、原子炉建家の鉄筋コンクリートの物性値を設定する必要があります。しかし、鉄筋コンクリートの物性値は鉄筋の含有量によって異なるため、準拠できる規則等はありません。そこで、原子力規制庁の竜巻の審査で用いられている実験から求められた経験式を参考に鉄筋コンクリートの物性値を設定しました。物性値の設定にあたっては、飛来物(コンテナ:長さ2.4 m×幅2.6 m×奥行6.0 m、鉄板厚さ4.0 mm、重さ2300 kg)を鉄筋コンクリート板に衝突させる解析を行い、経験式の結果を再現できる物性値を調査しました。この結果、鉄筋コンクリートの破壊に大きく関わる圧縮破壊ひずみ及び引張破壊ひずみを、それぞれ、0.03及び0.087と設定すると経験式の結果を再現でき、解析結果が経験式と同等以上の保守性を有することを確認できました(図6-17)。
排気筒と原子炉建家の衝突解析では仮想的な事象を想定し、風速100 m/sの強風により排気筒が倒壊すると仮定しました。排気筒のモデルは、保守的に評価するため、筒身と原子炉建家反対側の鉄塔足3本を固定しない条件で解析しました。排気筒が根本から原子炉に向けて倒れて衝突するときの排気筒及び原子炉建家の挙動を図6-18に示します。時刻0秒に風が吹き始め、3秒で排気筒は傾き、4秒で原子炉建家に衝突します。衝突によって排気筒は大きく変形しますが、原子炉建家は大きな破損がなく、原子炉建家内部には影響を与えないことが分かりました。これは、排気筒が変形しやすい構造物であるため、排気筒の運動エネルギーは原子炉建家のひずみエネルギーにほとんど変換されず、主に排気筒自身のひずみエネルギーに変換されたためです。
以上のように、HTTR排気筒の三次元実形状モデルを作成し、これまでの経験式を踏襲できるような物性値を設定することによって複雑な形状の飛来物と原子炉建家の衝突解析が可能となり、原子炉建家の健全性が評価できるようになりました。
(小野 正人)