図3-4 写真乾板中で観測された新たなΞハイパー核事象の顕微鏡画像とそのイメージ図
通常の原子核は陽子と中性子からできていますが、それら以外のストレンジクォークを含むΛ(ラムダ)、 Ξ (グザイ)等の重粒子(バリオン)を含むような特殊な原子核をハイパー核と呼びます。これまで、ストレンジクォークを1個持つΛ粒子を含むハイパー核の研究が盛んに行われてきましたが、さらに進んでストレンジクォークを2個持つΞ粒子を含むΞハイパー核についての研究はほとんど進んでいませんでした。
Ξハイパー核を研究する動機はいろいろありますが、そのうちの一つとして、中性子星が挙げられます。Ξ粒子は中性子星内に発生し得る粒子の一つで、その発生条件は陽子や中性子との間に働く力の強さに依存することから、その強さを地上実験によって決めることが必要で、Ξハイパー核の実験データの充実は長い間望まれていました。
私たちは、J-PARCハドロン実験施設で行われた実験で、大強度・高純度の負電荷K中間子(K-)のビームを用いて負電荷を持つΞ粒子であるΞ-を大量に生成し、これを総計1500枚の特殊な写真乾板に入射させてΞハイパー核が生成した事象を記録しました。その後写真乾板を現像し、独自に開発した光学顕微鏡システムでこれらの事象を探索したところ、Ξ-粒子が写真乾板中の原子核に吸収されてΞハイパー核を作ったあと二つのΛハイパー核に分裂する事象を観測しました(図3-4)。解析の結果、この事象は写真乾板中の窒素14原子核にΞ-が吸収されて、二つのΛハイパー核(ベリリウム10 Λとヘリウム5 Λ)に崩壊した事象であることが分かりました。
さらに、今回見つかったΞハイパー核において、Ξ-粒子の束縛エネルギーが1.27±0.21 MeVであることも分かりました。もしも働く力がクーロン力のみであれば束縛エネルギーは 0.39 MeVと計算されますが、上記1.27 MeVとの差はΞ-粒子と原子核との間に働く強い相互作用による引力によるもので、今回の結果からその強さを求めることができます。Ξ-粒子と原子核の間に働く力は、天体サイズの原子核ともいえる中性子星の内部の状態を理解する上で重要であり、本研究で新たな知見が得られました。
これまでに解析されたのは、この実験で得られたデータのまだ一部で、今後もこのような事象の発見が期待されます。また、私たちは写真乾板の全面探査法と呼ばれる新たなΞハイパー核の探索法を開発しています。これによりさらに10倍のΞハイパー核を発見できるものと見込んでいます。多くのΞハイパー核事象の観測により、Ξ粒子の強い相互作用の詳細が明らかになることで、中性子星の性質にΞ粒子がどう影響するかが分かってくることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)(No.JP23224006)「エマルションによる大統計ダブルハイパー核生成実験」の助成を受けたものです。
(谷田 聖)