3-3 磁石を使った絶対零度近くへの冷却

ー量子的に揺れる微小磁石が実現する極低温冷却材「イッテルビウム磁性体」ー

図3-5 量子揺らぎを利用した磁気冷却、その特徴と利用

図3-5 量子揺らぎを利用した磁気冷却、その特徴と利用

通常の磁性体では、磁気モーメント(図中の磁石)が低温で整列し、熱を吸収しなくなります(左上図)。量子効果の強い磁性体では、絶対零度まで磁気モーメントが量子揺らぎのため整列せず、熱を吸収できます(左下図)。極低温への冷凍機は、量子コンピュータなどへの利用が期待されます。

 

図3-6 実際の冷却過程

図3-6 実際の冷却過程

試作装置(内挿写真)による冷却の様子です。磁気冷却により絶対温度で0.04 Kに到達します。

 


極低温と呼ばれる、絶対温度0.1 K以下の低温は、超伝導などの基礎研究や量子コンピュータなどに必要であるため、現在も極低温冷却の需要は旺盛です。

極低温冷却には、現在はヘリウム3を使用する冷凍機が主流です。しかし米国同時多発テロ事件以降、核物質検出器に使用するヘリウム3の需要が急増し供給危機が発生しました。これにより、ヘリウム3を必要としない磁気冷却に対する関心が高まっています。

磁気冷却では、磁性体中の微小磁石を意味する磁気モーメントの揺れのエネルギーが周囲の熱を吸収します(図3-5)。一般的に、低温では、磁気モーメントは向きを揃え、揺れは止まることで熱を吸収しなくなります。この性質のため到達温度に限界がありました。

これを克服する鍵となるのが量子効果です。ニュートンの古典力学では絶対零度では熱的な揺らぎの消失により、磁気モーメントや原子は完全静止するはずですが、より正確にミクロを描写する量子力学を適用すると、絶対零度でも磁気モーメントなどは静止せず揺れていることが分かります。これを、熱揺らぎに対して量子揺らぎと呼んでいます。例えば、ほとんどの物質は、温度を下げたときの熱揺らぎの減少とともに低温で固化しますが、量子効果が強く現れるヘリウムは絶対零度でもヘリウム元素自身が量子的に揺れているため、固化せず液体状態を保持します。磁性体においては、「磁気フラストレーション」という、磁気モーメントの整列を阻害する効果により、熱揺らぎのない極低温でも量子的に揺れ続ける物質が存在します。このような磁性体では、磁気フラストレーションによる量子効果の顕在化により、極低温へ冷却できる可能性があります。

今回、量子効果が強いとされるKBaYb(BO3)2に着目しました。この物質を用いて冷却装置を試作し、従来冷却材を用いた市販磁気冷却装置と性能を比較しました。市販装置の到達温度は0.08 Kですが、試作装置は大幅に絶対零度に近い0.04 Kに到達できました(図3-6)。

また、従来の冷却材は水分子を多く含むため、潮解、風解といった劣化を起こす問題もありました。一方、本研究で用いたKBaYb(BO3)2は水分子を含まないため、空気中で安定です。

現在主流のヘリウム冷凍機の長所は、連続冷却が可能なため低温が長時間維持できる点で、欠点は非常に複雑な構造、希少なヘリウム3の必要性です。一方、磁気冷却は構造が簡単でヘリウムが不要です。そのため、国際宇宙ステーションでの利用も検討されています。大きな欠点は連続冷却ができなかったことですが、最近の研究開発によって、この欠点も解消されており、今後はヘリウム3を使用する冷凍機を代替していくことが期待されます。

本研究のKBaYb(BO3)2は、従来物質より高性能で、なおかつ空気中でも安定であるため、今後主流となる磁気冷凍機に搭載されるスタンダードな冷却材となり、広く活用されることが期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金研究活動スタート支援(No.JP20K22338)「ウラン系強磁性超伝導体の量子臨界現象」、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))(No.JP20KK0061)「ウランが創発するスピン三重項超伝導の新しい物理」の助成を受けたものです。

(常盤 欣文)