3-4 放射線に負けない熱電発電の実現に向けて

ースピンを利用した熱電発電素子の耐放射線特性ー

図3-7 (a)熱電発電の概念図、(b)スピンゼーベック効果(SSE)素子の模式図、(c)320 MeV金イオンで照射されたSSE素子の電顕写真

図3-7 (a)熱電発電の概念図、(b)スピンゼーベック効果(SSE)素子の模式図、(c)320 MeV金イオンで照射されたSSE素子の電顕写真

(a)異種金属接合に温度差を与えると電気が発生します(ゼーベック効果)。
(b)面直方向に温度差を加え面内に磁場を印加すると、磁性体の面内磁化Mにより金属層にスピンJsが注入され、このスピンが種となり温度差、磁化の双方に垂直な方向に電圧EISHEが発生します。

 

図3-8 SSE素子の放射線環境下での健全性の検証

図3-8 SSE素子の放射線環境下での健全性の検証

重イオン照射量を増やしていくと、素子の熱電性能であるSSE電圧()が減少していき、あるしきい値を越えると消失します。素子の熱電性能は試料中の磁石の強さに依存し、限界点近傍で性能が急激に劣化するのは界面の影響です。この限界点を使用済核燃料近傍に当てはめ、素子の健全性を見積もりました。

 


熱を電気に変換する熱電素子は、自動車や工場の廃熱を回収、再利用する環境発電の一環として重要です。また、放射性同位体と組み合わせた同位体電池は、宇宙探査機電源として利用されています。熱から電気を作る方法が熱電発電ですが、異種金属や半導体の接合構造(熱電対)が使われます。両接点に温度差を与えると電圧が発生、電流が流れます(図3-7(a))。この接合は放射線に弱く、性能劣化の原因となります。そのため同位体電池の放射性同位体は、遮蔽の容易な特殊な核種に限定されています。

原子レベルの微細加工の発展で、電子の持つスピンと呼ばれる磁石の強さを表す特性が利用可能になり、スピントロニクス(“spintro”スピンの+“nics”技術)と呼称されます。スピントロニクスに基づくスピン熱電素子が近年開発され、既存技術を凌駕すると期待されています。さらに、スピントロニクス素子は、半導体が苦手な放射線耐性が高いとされ、高放射線環境下で応用が期待されます。スピン熱電素子を同位体電池に組み込めば、放射線環境下での熱電発電の開発につながりますが、放射性同位体との共存下でスピン熱電素子性能がどの程度維持されるかは未確認でした。私たちはスピン熱電素子の一つであるスピンゼーベック効果(SSE)素子を用い、放射線耐性を検証しました。素子は基板上に形成した金属/磁性体の二層膜で、熱電発電にはこの界面が重要と考えられています(図3-7(b))。

界面に対して厳しい条件で、使用済核燃料近傍での熱電発電を模擬するため、作製した素子に高エネルギー重イオン線(320 MeV金イオン)を照射しました。図3-7(c)の青色の矢印は、重イオンの透過跡を表し、黒線内側の帯状の所は、結晶構造が破壊されて形成されたナノサイズの欠陥です。この部分の磁性体は磁石の性質を失い、素子の熱電変換には寄与しなくなりました。照射量に対して熱電素子の性能を評価したところ、照射量増加に伴い熱電性能を表すSSE電圧()は減少し、あるしきい値を超えると完全に消失します(図3-8)。こうしてスピン熱電素子の重イオン線の耐用限界が確認されました。この結果を基に最も過酷な使用環境として使用済核燃料ペレット表面近傍を想定し、スピン熱電素子が受ける核分裂片を重イオン線で模擬し、その累積照射量の上限を見積もりました。使用済燃料表面から漏れ出てくる〜100 MeVの核分裂片量を燃料キャスク表面の中性子線量から見積もり、実験で得られた耐用限界照射量をスピン熱電素子の動作期間に換算したところ、数百年間にわたり発電性能が劣化せず、十分な耐用年数が確保できることが分かりました。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.JP17K05126)「スピンゼーベック素子の耐放射線特性」の助成を受けたものです。

(岡安 悟)