図5-14 Mn 4%の(Ga,Mn)AsのXMCDの温度・磁場依存性
図5-15 三つの磁性成分割合の温度依存性
図5-16 TSPM近傍の磁化過程の様子
次世代スピントロニクス材料として半導体でありながら、強磁性にもなる強磁性半導体が注目されています。強磁性半導体の研究は、代表的な半導体であるガリウムヒ素(GaAs)に少量のマンガン(Mn)を添加したガリウムマンガンヒ素Ga1-xMnxAs((Ga,Mn)As)において強磁性が発見されたことから大いに発展しました。強磁性というのはある温度(TC )より低温側で発現する現象であり、強磁性半導体を実用するには強磁性が室温で実現する必要があります。発見から20年以上経った現在においても(Ga,Mn)Asの強磁性転移温度の最高記録は-73 ℃に留まり、その強磁性発現のメカニズムは研究者間で見解が分かれ、長年にわたる論争が続いています。
(Ga,Mn)Asが強磁性になるメカニズムを正しく知るためには、強磁性の担い手であるMn原子の3d軌道の電子が持つスピンに注目して、その磁化過程を観察することが必要であると考えました。そこで、元素と電子軌道のそれぞれについて選択的に磁性状態を観測することができるX線吸収磁気円二色性(XMCD)実験からMn 3d電子がどのように強磁性の性質を持ち始めるのかを調べました。実験は大型放射光施設SPring-8の原子力機構専用軟X線ビームライン(BL23SU)において実施しました。
図5-14(a)は、Mnが4%添加されたTC =65 Kの(Ga,Mn)As試料について、XMCD信号強度から求めたMn 3d電子の磁気モーメントのそれぞれの温度での磁場依存性です。温度降下につれて磁気モーメントが増大しているのは、強磁性状態が強くなっていっていることを示しています。この測定結果について、磁場に対して変化しない強磁性(FM)成分、磁場に対して直線的に変化する(Linear)成分、磁場に対して曲線的に変化する超常磁性(SPM)成分の三つの成分に分解して抽出(図5-14(b))し、それぞれの存在割合PFM、PLinear、PSPM (つまりPFM + PLinear + PSPM = 1)の温度依存性を示したものが図5-15です。注目すべきは、PSPM 成分の温度依存性であり、温度降下にしたがって、PFM はTC より低い温度から増加するのに対し、PSPM 成分はTC よりかなり高い温度から増加し、TC 付近で最大となった後、PFM 成分の増加に従い減少に転じていることです。そして、この傾向はMn濃度が違うTC が異なる別の試料においても共通であることも分かりました。今回の結果から、TC よりも高い温度で既にまばらに強磁性的な微小領域(SPM領域)が形成(図5-16)され、そのSPM領域がTC でお互い重なり合うことにより、全体として強磁性になっていくことが明らかになりました。
本成果は掲載号の注目論文及び表紙に選出され、解説記事も公開されました。
本研究は、東京大学、京都産業大学との共同研究「機能性磁性半導体薄膜の開発と放射光を利用した電子状態の研究」の成果の一部です。
(竹田 幸治)