9-4 アルミニウム合金の水素脆化防止

ー合金内部の金属間化合物の中から水素をよく吸うものを計算で特定ー

図9-7 Al<sub>7</sub>FeCu<sub>2</sub>化合物結晶構造と水素原子の入る位置

図9-7 Al7FeCu2化合物結晶構造と水素原子の入る位置

水素(H)原子位置には二種類あり、Al、Fe、Cu原子の格子点を中心とするボロノイ多面体の頂点に位置するものが薄い色の球、面の中心に位置するものが黒い色の球です。

 

図9-8 Al<sub>7</sub>FeCu<sub>2</sub>化合物のアルミニウム中での水素吸蔵能力

拡大図 (221kB)

図9-8 Al7FeCu2化合物のアルミニウム中での水素吸蔵能力

水素原子はセルの中で最初は0.56 eV/atomというエネルギーで吸われ、だんだん吸われにくくなるものの、約40原子のセルの中で約8個の水素原子が吸われると期待できます。

 


アルミニウム合金は、鉄鋼などのように比較的歴史がある構造用金属であるにもかかわらず、長らく、その強度は大幅には向上していません。例えば、航空機などに用いられるジュラルミンなどのアルミニウム合金では、添加する亜鉛の量を増やせば強度を向上できることは、昔から知られていました。その一方で、このように合金元素を添加することによって生成された高強度アルミニウム合金では、製造段階で水素が内部に入ってしまうため、水素脆化による破壊が誘発されることが分かっています。水素は最も小さな元素であり、材料の内部を素早く動きます。その水素挙動を直接的に捉えることは困難であることから、水素が変形や破壊に及ぼす影響はあまり分かっていません。しかしながら、水素をできるだけ取り除くことができれば、水素脆化を防止できることは確かです。

このため私たちは、アルミニウム合金中に含まれる様々な金属間化合物の中にもしも水素をよく吸う化合物があれば、その化合物の量を材料内部で増やしてあげることにより、水素脆化を防ぐことができるのではないかと考えました。そこで第一原理計算によって、いくつかの化合物の水素を吸う能力を調べました。その結果、Al7FeCu2という化合物が水素を強く吸うことを発見しました。

図9-7はAl7FeCu2化合物の結晶構造と、水素原子が入ることのできる格子間の候補位置を示したものです。ここでは、ボロノイ多面体分割という方法で、水素原子の入りやすそうな位置を探し出しています。次に、水素原子を置いて第一原理計算からエネルギーを計算し、水素を強く捕まえる位置を発見しました。さらに図9-8に示すように、どのぐらいの量の水素を吸うことができるかを、計算から評価しました。

この計算の後、Al7FeCu2の含有量を増やしたアルミニウム合金において水素脆化が抑制される効果が見られることが、実験で確認されました。そこで、このアルミニウム合金を水素脆化が抑制された合金として、また、Al7FeCu2含有量を増やして水素を吸わせて脆化を抑制する方法を、国内特許として九州大学と共同出願しました(特願2020-96333)。

本研究は、科学技術振興機構産学共創基礎基盤研究プログラム(No.JPMJSK1412)「ヘテロ構造制御 : 水素分配制御によるアルミニウム合金の力学特性最適化」の支援を受けました。

(山口 正剛)