9-3 従来の量子力学概念を越えた先に見えた特異な現象「フェルミアーク」を理論的に予言

ー重元素化合物内での強く影響しあう多数の電子の挙動を解明する新手法の開発ー

図9-6 強く相互作用する電子を簡潔に表す

拡大図 (66kB)

図9-6 強く相互作用する電子を簡潔に表す

半導体等における通常の電子の集団(相互作用が小さい集団)の解析は、20世紀中に物理理論や計算手法が開発され簡潔な解析手法が存在しています((a)左図 : 青丸は電子を表す)。ウラン等の原子番号の大きい元素を含む重元素化合物((a)右図 : 水色の丸は電子、赤は相互作用を表す)では、多数の電子が互いに強く影響しあって運動しています。その運動は複雑で計算が困難ですが、量子力学の方程式を一部拡張し、方程式の係数に虚数が現れることを許すことで、その複雑な動きを的確に捉えられることが分かりました。その結果、電子のエネルギーの振る舞いに「フェルミアーク」が現れることを理論的に予言することができました(b)。

 


物質の性質の多くは、物質中の電子の振る舞いによって説明されます。電子はミクロの世界を支配する量子力学の法則に従って運動しており、日常の常識から外れた奇妙な振る舞いを見せることがあります。例えば、電気抵抗が突然ゼロとなる「超伝導」はその一例で、電子の動きを量子力学により計算することで、そのような現象を理論的に予言することが可能となります。これらの性質を活用することで、リニアモーターカーやMRI技術など、様々な革新的な技術が開発されてきました。しかし、これらの物質の超伝導は超低温で発現するため、より高温で超伝導となる物質の探索が日夜行われています。30年前に発見された銅酸化物高温超伝導体は、従来の超伝導体より100度以上も高い温度で超伝導が発現しますが、電子同士の相互作用が強く、互いに強く影響を及ぼしながら運動するため、従来の計算方法では現象を再現することができません(図9-6(a))。このような互いに強く影響を及ぼしあう電子集団を有する物質は高温超伝導体だけでなく、ウラン等の重元素を含む重元素化合物も該当します。

もし、強く影響を及ぼしあう電子集団を理論的に解析することが可能になれば、高温超伝導のような優れた性質を示す未知の物質探索が可能になると考えられ、新たな計算手法の開発を目指して、世界中の研究機関が研究開発を行ってきました。

本研究では、互いに強く影響を及ぼしあう電子集団が特異な性質を示す重元素化合物の電子の振る舞いに注目し、他の電子の影響を強く受けながら運動する電子を表現する方法を探索しました。その際、重元素化合物の電子が、比較的自由に動ける電子と他の電子の影響を強く受ける電子の二つの側面を持つことに着目しました。そして、従来の発想を大きく転換し、従来とは異なる量子力学原理を用いることで、より的確にその運動を捉えることに成功しました。発見した理論を用いて計算した結果、重元素化合物では見つかっていない特異な現象(「フェルミアーク」と呼ばれる量子現象)を理論的に予言することが可能となりました(図9-6(b))。

フェルミアークとは、電子のエネルギーの高さを表す等高線が千切れたように見える領域のことです。銅酸化物高温超伝導体では角度分解光電子分光実験等で観測がされていますが、重元素化合物では見つかっていません。フェルミアークは通常の電子の集団運動の解析では現れません。通常、等高線は連続的につながった線で表されますが、量子力学の方程式を一部拡張し、方程式の係数に虚数が現れることを許すことでこのような千切れた領域が現れます。

開発した理論を用いて新現象が予測可能となれば、今後、高温超伝導など革新的機能を持つ物質の発見も、その先に期待できると考えられます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.JP15K00178)、(C)(No.JP18K03552)、新学術領域研究(研究領域提案型)(No.JP18H04228)(No.JP16H00995)の助成を受けたものです。

(永井 佑紀)