図1-33 (a)市街地における137Csの挙動(概観図)、及び(b)137Csの挙動を考慮して推定した空間線量率の減少傾向
市街地における空間線量率の減少傾向を理解することは、将来的な被ばく線量の予測や東京電力福島第一原子力発電所周辺の避難指示区域解除を判断する上で重要です。これまでの研究により、空間線量率は森林や農地といった他の土地利用よりも、市街地で早く減少することが報告されていますが、そのメカニズムは分かっていませんでした。そこで本研究では、これまでの研究を集約し、主な線源となる放射性セシウムの市街地における挙動について体系的に整理するとともに、その挙動と空間線量率の減少傾向との関係について評価しました。
市街地は森林や農地といった他の土地利用と異なり、土壌面に加えてその地表を舗装面や家屋といった人工面が覆います。空間線量率は、放射性核種(特に放射性セシウム)の放射性崩壊により減少します。また、地表にある放射性核種の下方への浸透に伴う、土壌による遮蔽効果の増加や、降雨に伴う水平方向への流失といった挙動によっても減少します。放射性崩壊は普遍的に生じる一方、これらの放射性核種の挙動は、土壌面と人工面で異なります。図1-33(a)に市街地における137Csの挙動を表した概観図を示します。市街地の土壌面の多くは公園や庭の平坦地であり、平坦地では土壌浸食の影響を受けないため、降雨時でも水平方向への流出はほとんど起こりませんが、下方への浸透がわずかに起こります。これに対し、舗装面では、下方への浸透はほとんど起こりませんが、降雨に伴い表面の137Csが洗い流されるため、時間とともに沈着量が減少します。このように、空間線量率の減少に対して土壌面では放射性セシウムの下方への浸透が、人工面では水平方向への洗い流しが寄与することが分かります。
これまでに報告されている、平坦な土壌面における137Csの下方への移動速度、及び舗装面における137Cs沈着量の減少速度を元に、空間線量率の経時的な減少を計算しました(図1-33(b))。空間線量率は、舗装面で土壌面よりも速やかに減少し、舗装面では事故から10年後の時点で土壌面の約31%の値を示しました。以上の結果は、土壌面における下方への浸透よりも、人工面における流失の方が空間線量率の低減効果が大きいことを示しています。舗装面などの人工面は、市街地の主要な被覆要素です。そのため人工面の存在が、他の土地利用よりも早い空間線量率の低減に寄与しているものと考えられます。
本研究の一部は、環境省委託事業「令和3年度放射線健康管理・健康不安対策事業(放射線の健康影響に係る研究調査事業)」において得られた成果です。
(吉村 和也)