図1-1 福島研究開発部門の主要な研究開発施設と福島以外の各研究開発部門及び施設との連携状況
図1-2 中長期計画に基づく福島第一原子力発電所事故の対処に係る研究開発の取組み
原子力機構は、我が国における原子力に関する唯一の総合的原子力研究開発機関として、東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所(1F)の事故直後から、福島県内での活動を開始しました。福島研究開発部門では、福島県内に研究開発施設の整備を進めつつ、原子力機構の総合力を最大限発揮すべく福島以外の各研究開発部門・拠点と連携・協働し、1F廃止措置等に向けた研究開発及び周辺地域の環境回復に向けた研究開発に取り組んでいます(図1-1)。
福島県太平洋沿岸の浜通り地域に設置している廃炉環境国際共同研究センター(CLADS)国際共同研究棟、楢葉遠隔技術開発センター(NARREC)及び大熊分析・研究センターの3施設は、東日本大震災及び原子力災害によって失われた浜通り地域等の産業を回復するため、当該地域の新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」(廃炉分野)の一翼を担う施設として、それぞれの役割に応じて廃止措置等に向けた研究開発を行っています。廃止措置等に向けた研究開発として、主に燃料デブリの取出し、事故進展シナリオの解明、発生する放射性廃棄物の処理・処分、遠隔操作技術等に係る研究開発に取り組み、1F廃止措置に貢献しています(図1-2)。
燃料デブリの取出しにおいては、原子炉内からの取出し、移送、保管及び管理の一連のプロセスを安全かつ確実に実施するため、安全・リスク評価を的確に行う必要があり、燃料デブリの性状把握、炉内状況把握に関する研究開発を進めています。一例として、取り出す燃料デブリの性状を把握する上で、長期間にわたって水中に残存していた燃料デブリの劣化状態を推定することが一つの指標となります(トピックス1-1)。また、燃料デブリを取り出す際に、核燃料物質と水の比率、形状等が変化することで万が一にも再臨界しないように、その可能性を評価することも重要です(トピックス1-2)。
また、現在の燃料デブリの性状把握や炉内状況把握を行う上で、事故進展シナリオ、事故発生直後の炉内状況を推定することが鍵となります。このため、事故発生時の炉内状況推定として、1F原子炉特有の構造を考慮した破損メカニズムの検討が必須となります(トピックス1-3)。
1F事故及び廃止措置の過程で発生した放射性廃棄物の安全かつ安定的な保管、将来の処分を行うため、放射性廃棄物の適切な処理・処分方法の検討が必要となります。処理方法の一つとして、多種多様な放射性物質や化合物が含まれる汚染水の処理において、想定外の処理状態が生じることに備え、既存とは異なる元素除去技術を開発しておくことも重要となります(トピックス1-4)。また、放射性廃棄物を保管する上では、放射線の影響を考慮して一般の廃棄物とは異なる管理方法を検討しておくことも必要です(トピックス1-5)。
高線量環境下の廃炉作業では、作業の効率化や作業者の被ばく低減のため、放射線測定器や遠隔での汚染箇所特定方法を開発する必要性があります。そこで、過酷な環境下でも測定可能な検出器や汚染箇所を可視化できる装置の開発を行っています。検出器開発の例として、高線量・高湿度下でも動作可能な検出器(トピックス1-6、1-7)や複数の放射線を迅速に測定できる検出器(トピックス1-8)の開発を進めています。また、光ファイバを用いた新しい手法での汚染位置特定方法の開発(トピックス1-9)や放射線分布を測定する検出器とレーザーによる3次元マッピング装置を組み合わせた三次元的に汚染箇所を把握できる装置の開発を進めています(トピックス1-10)。
環境回復に係る研究開発に関しては、福島県が整備した福島県環境創造センター研究棟(三春町)及び環境放射線センター(南相馬市)にCLADSの研究拠点を設置し、福島県、国立環境研究所及び原子力機構の三者連携を通じて、環境動態研究や環境モニタリング・マッピング技術開発等に取り組んでいます(図1-2)。
環境動態研究については、1F事故により環境中に放出された放射性物質のうち、特に主要な放射性核種である137Csの環境中における移行や蓄積、生態系への移行に着目し、科学的知見に基づく住民の不安解消、自治体による避難指示区域・特定復興再生拠点解除検討の判断や農林水産業の復興計画策定のための基盤情報を提供することが重要となります。そのため、台風時の河川水系における放射性セシウム流出量の変化傾向(トピックス1-11)など、自然環境中での動態の解明や、生体内における放射性セシウムの保持メカニズムに関する計算科学研究(トピックス1-12)などの生態系への移行挙動の解明に関する研究開発を進めています。
環境中に存在する放射性核種には137Cs以外に90Srや99Tcなども含まれる可能性があるため、それらの核種を分析する手法が必要となります。煩雑な前処理等により長い分析時間を要した99Tcや90Srの分析を簡易・迅速化する分析法の開発(トピックス1-13、1-14)は、動態把握の正確性向上・効率化に貢献が期待されます。
環境モニタリング・マッピングについては、自治体による政策的なスケジュール決定や避難指示区域等解除の検討の判断に資するため、空間線量率の測定や被ばく線量を予測・評価することが重要となります。このため、無人ヘリと放射線分布を測定する検出器を組み合わせることで、広範囲を迅速に測定できる手法の開発(トピックス1-15)や空間線量率の変動に影響を及ぼす自然的・人為的要因の推定(トピックス1-16、1-17)を行っています。
これらの1F廃止措置等に向けた中長期ロードマップのマイルストーンの鍵となる研究開発成果の創出、環境回復に向けた自治体の避難指示解除等の計画立案に資するデータの収集・評価を行い、関係機関へ提供・発信しています。また、地域・教育機関との連携事業やイベント、報道発表を通じ、廃止措置等の取組状況について情報発信・共有することで地元住民等の理解促進に取り組んでいます。さらに、研究開発成果の現場への実装において、地元企業の参加や技術移転の促進を通じ、福島県浜通り地域の技術向上、地域活性化・雇用創出に貢献しています。
令和4年度から始まる第4期中長期計画においては、当面の主要課題として「燃料デブリの試験的取出しへの貢献」「放射性廃棄物の処理・処分、ALPS処理水の処分に向けた対応」及び「特定復興再生拠点の解除に資する情報提供・発信」に優先的に取り組みます。また、燃料デブリ取出し等の技術的に難易度の高い廃炉工程を安全、確実、迅速に推進していくことに加え、住民が安全に安心して生活する環境の整備に向けた環境回復のための調査及び研究開発を引き続き行っていきます。研究施設の整備では、廃止措置に伴い発生する放射性固体廃棄物の分析及びALPS処理水の第3者分析の役割を担う大熊分析・研究センター分析・研究施設第1棟での分析作業を開始しました。さらに、廃止措置でこれまでに培った技術や知見、経験を、原子力施設のバックエンド対策等にも活用するとともに、世界とも広く共有し、各国の原子力施設における安全性の向上等に貢献していきます。