表1-1 模擬デブリ試料
図1-3 模擬デブリ試料の浸漬試験結果
東京電力福島第一原子力発電所(1F)の事故では、核燃料とその被覆管や原子炉の構造材料が高温で反応して燃料デブリが形成されたとみられています。1Fの燃料デブリは水と接触した状態にあり、放射線による水の分解によって起こる化学反応の影響を受けて変質する可能性があります。この水中での変質は、二酸化ウラン(UO2)ではよく研究されており、水の放射線分解で発生する過酸化水素(H2O2)が表面のUを酸化(4価から6価へ)することが原因です。H2O2による酸化が燃料デブリでも進む場合、6価のUは水に溶けやすいため、Uを主成分とする固相の中に閉じ込められている放射性物質の放出が起こり得ます。そこで、このH2O2酸化による燃料デブリの劣化過程を明らかにするため、模擬試料を用いた研究を行いました。
本研究では、UO2、ステンレス鋼(SUS304)、ジルコニウム(Zr)の粉末を混合し、酸素濃度の異なる条件で加熱処理を行い、模擬デブリ試料を合成しました(表1-1)。ステンレス鋼は原子炉の構造材料成分として、Zrは被覆管成分として加えました。合成した試料をH2O2水溶液に浸漬し、溶け出したUの濃度を測定するとともに、試料表面をラマン分光法により分析しました(図1-3)。U濃度の測定では、一度溶け出したUが析出し、浸漬6日目以降はUの濃度が低下するという結果が得られました(図1-3(a))。この析出反応を確かめるため、試料表面を分析したところ、ウラニル過酸化物が明瞭に観測されました(図1-3(b))。ウラニル過酸化物は6価に酸化されたUが、さらにH2O2と反応して生成します。ウラニル過酸化物の生成は、試験を行った試料のうちZrの酸化物(ZrO2)を加えて合成した試料(USZrO21600-O)を除き、共通して観測されました。この結果から、放射線分解によりH2O2を含む水質で燃料デブリの劣化が進んだ場合、Uが酸化され、ウラニル過酸化物が生じると予測できます。一方で、変化が見られなかったUSZrO21600-Oについて、X線による結晶構造解析や電子顕微鏡を用いた元素分析の結果を確認すると、この試料ではUO2に他の元素が溶け込んだ固溶体(表1-1ではUO2(s.s.)と表記)が形成され、他の元素(主にZr)の含有量が高いことが分かりました。これは、USZrO21600-Oの合成では、ZrをUO2に溶け込みやすい酸化物の形で添加したためです。また、浸漬による溶出U濃度も、他の試料より極めて少ない結果となっていました。これらの結果から、UO2に他の元素が溶け込む高温反応が進むと、Uが溶けにくくなり、H2O2に対して安定性が高くなることが分かりました。
本研究の結果から、ウラニル過酸化物は、H2O2による劣化の痕跡と考えることができるため、今後行われる燃料デブリサンプルの分析において、サンプルがH2O2劣化の影響を受けているかどうか峻別するための指標として利用できると考えられます。また、本研究では固溶体の形成によってH2O2による劣化が抑制されることが分かりました。固溶体の形成は、1Fで実際にサンプリングされた微粒子の分析結果から示唆されていますので、1Fの燃料デブリは化学的に安定な性質を持っている可能性があります。
本研究は、原子力機構「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」(JPJA18P18071886)の一部として実施しました。
(熊谷 友多)