1-5 放射性廃棄物の安全な保管のための特性把握

−炭酸塩スラリーの化学組成による影響−

図1-9 炭酸塩スラリーの体積膨張・液位上昇の推定挙動

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図1-9 炭酸塩スラリーの体積膨張・液位上昇の推定挙動

一時保管に伴い、炭酸塩スラリーの沈降による上澄み水が発生します。そして、スラリー内で発生した水素ガスがスラリーから抜けず、スラリーの上面とともに上澄み水を押し上げたために、保管容器上部のベント孔から容器外に溢水したと推定されています。

 

図1-10 作製した模擬炭酸塩スラリーの外観

図1-10 作製した模擬炭酸塩スラリーの外観

懸濁物質濃度を150 g/Lに統一し、設定したMg/Ca濃度比の原水を用いて作製した模擬炭酸塩スラリーは、2週間の静置によりCaの割合が高いスラリーAで最も沈降性が高いことが確認できます。

 

図1-11 原水のMg/Ca濃度比と沈降密度及び降伏応力の関係

図1-11 原水のMg/Ca濃度比と沈降密度及び降伏応力の関係

原水のMg/Ca濃度比が低い、すなわちCaの割合が高いスラリーAが最も高い沈降密度及び降伏応力を示しました。

 


東京電力福島第一原子力発電所において、多核種除去設備(ALPS: Advanced Liquid Processing System)から発生した炭酸塩沈殿物を主とするスラリー状の廃棄物(炭酸塩スラリー)を充てんした一部の保管容器から、上澄み水が漏えいする事象(溢水)が発生しました。炭酸塩スラリーに含まれるβ線放出核種による水の放射線分解により発生する水素ガスの気泡の保持が、溢水に関与することが推定されました(図1-9)が、同時期に保管されていた大部分の保管容器において同様の事象は観察されませんでした。溢水発生の条件を明らかにするには、炭酸塩スラリー自体の特性にも目を向ける必要がありました。そこで本研究では、まず溢水が発生した保管容器内の炭酸塩スラリーの組成を模擬した模擬炭酸塩スラリーを作製しました。そして、気泡の保持特性に影響すると考えられる炭酸塩スラリー沈降層の「密度(沈降密度)」及びスラリー内での気泡の動き出しに関わる指標として沈降層の「降伏応力」を、非放射性条件下で測定し、炭酸塩スラリーの組成との関係を明らかにしました。

溢水が発生した炭酸塩スラリーが調製された時期のALPS運転条件及び炭酸塩スラリーの主要元素であるALPS処理前の水(入口水)中のマグネシウム(Mg)及びカルシウム(Ca)濃度(ppm)の分析記録を調査したところ、他の期間と比較してMg及びCa濃度が高いことが分かりました。そこで、入口水のMg及びCa濃度の比率に着目し、Mg及びCaの比率を変えた五つの模擬入口水(原水)を調製しました。これら原水から炭酸塩等を沈殿させ、実機ALPSと同じ濃縮方式のクロスフローフィルタ方式により懸濁物質濃度が150 g/Lになるまで濃縮を行い、模擬炭酸塩スラリーを作製しました。次に、2週間の静置による沈降試験を実施して沈降密度及び降伏応力を測定しました。

この結果、原水中のMg/Ca濃度比が低い、すなわちCaの割合が高いほど高い沈降性を示し、静置後の沈降密度及び降伏応力が高くなることが分かりました(図1-10、図1-11)。このような原水組成の違いによる降伏応力等の特性の差が保管容器内での気泡の保持特性の違いを生み出している可能性が考えられます。

以上のことから、原水のMg/Ca濃度比による模擬炭酸塩スラリーの沈降密度及び降伏応力への影響を明らかにし、溢水した保管容器内の炭酸塩スラリーを模擬するには入口水の組成に関する情報が重要であることを明らかにしました。今回明らかになった炭酸塩スラリーの特性を踏まえつつ、今後は照射試験による放射性条件下での特性評価を実施する予定です。

(堀田 拓摩)