1-4 ヨウ素酸イオンを効果的に取り除くにはどうする?

−バライト(BaSO4)へのヨウ素酸の共沈を分子レベルで評価−

図1-7 バライト生成を利用したIO3-の除去法の確立

図1-7 バライト生成を利用したIO3の除去法の確立

ヨウ素酸(IO3)を含む水溶液に対して、Ba2+/SO42–等のパラメーターを調整してBaCl2とNa2SO4の水溶液を添加します。ただちにバライトが生成沈殿し、その時にIO3が塩化物イオンや硝酸イオンの競合効果を受けずに選択的にバライトに取り込まれます。

 

図1-8 バライトとMg-Al LDHへのIO3-の除去効率の比較

図1-8 バライトとMg-Al LDHへのIO3の除去効率の比較

競合イオンとして塩化物イオン(Cl)を添加した系での、バライトとハイドロタルサイト(Mg-Al LDH)に対するIO3の分配係数(Kd)を求めます。Cl濃度の上昇によりMg-Al LDHの分配効率は著しく減少する一方、バライトは一定の高い分配効率を示します。

 


核燃料の核分裂生成核種の中には半減期が極めて長いものが存在し、それらの適切な処理処分方法の開発は重要な課題です。特に東京電力福島第一原子力発電所での汚染水処理に含まれるヨウ素129(129I)は、核分裂生成核種の中でも半減期が特に長く(1.6×107年)、かつ水溶液中からの除去が困難なヨウ化物(I)・ヨウ素酸(IO3)の陰イオンとして存在します。これらヨウ素の陰イオンのうちIに対してはヨウ化銀(AgI)の生成による処理が知られている一方、IO3は水溶液中に多く存在する塩化物イオンや硝酸イオンとの競合によりイオン吸着時の除去効率が著しく低下するため、有効な処理処分法は未だ開発されていません。そこで本研究では、IO3に対する新規の除去方法として、極めて安定な鉱物であるバライト(BaSO4)中にIO3を取り込ませることによりIO3を除去する手法の開発を行いました。イオン半径が大きな元素から構成されるバライトは様々な元素を取り込むことができ、また著者の先行研究よりIO3と同様の長半減期の陰イオン核種であるセレン79(79Se)も効果的に取り込むことも分かっています。

バライトは、塩化バリウム(BaCl2)の水溶液と硫酸ナトリウム(Na2SO4)の水溶液を混ぜるだけで生成し沈殿します。その時、水溶液中に含まれるIO3等の微量イオンがバライトの結晶中に取り込まれます(共沈反応)。本研究では、バライトを生成させるときのIO3の除去挙動を、水溶液のpH、加えるBa2+とSO42–のモル比(Ba2+/SO42–)等のパラメーターを様々に変化させた室内実験により詳細に調べ、IO3除去に最適な条件を見い出しました(図1-7)。その結果、バライトによるIO3の除去に最も影響を与えるパラメーターがBa2+/SO42–であることが分かり、SO42–の割合が小さいほど多くのIO3が、塩化物イオンや硝酸イオンの影響を受けずに分配されました。しかし置換されるIO3とSO42–は電荷の数が異なっており、取り込まれたIO3がバライト内部で安定に存在しているかは分かりません。そこで本研究では広域X線吸収微細構造(EXAFS)法により、得られたバライト内部でのIO3の局所構造の特定を行いました。その結果、バライト構造内でのIO3とSO42–の電荷の違いによる不整合は、不純物としてバライトに置換されるナトリウムイオンとの結合(I-Na)により補填されており(2IO3 + 2Na+ ⇔ Ba2+ + SO42–)、バライト内部にてIO3は安定に存在していることが示されました。

これら従来の手法に対するバライトを用いたIO3の除去手法の優位性を示すため、従来陰イオン処理に用いられてきたハイドロタルサイトに代表される層状複水酸化物(LDH)と本研究のバライト共沈法とのIO3に対する分配効率の比較を行いました(図1-8)。競合イオンとして塩化物イオン(Cl)濃度を変化させた系でのそれぞれの分配係数(固液分配比、Kd : Kd値が大きいほど固相側に分配されます)を明らかにしたところ、LDHはCl濃度の上昇により著しく除去効率を減少させた一方、本研究のバライト共沈法はCl濃度の影響を受けずに一定の高い除去効率を示しました。このバライト共沈法の高い除去効率は、硝酸イオンや硫酸イオン等の他の陰イオンを含んだ系においても確認されており、放射性元素を含む汚染水からIO3を効果的に除去する手法として本研究で明らかにしたバライト共沈法が非常に有用であることが示されました。

(徳永 紘平)