1-14 レーザーを用いて微量Sr同位体を選択的に検出

−同重体及び安定同位体を多く含む試料の前処理簡略化に貢献−

図1-27 <sup>90</sup>Srの元素・同位体選択的レーザー共鳴イオン化

図1-27 90Srの元素・同位体選択的レーザー共鳴イオン化

Sr原子のエネルギーレベルは元素固有のものですが、同位体間においても同位体シフト及び超微細構造(87Srのみ)によりわずかに異なります。したがって、レーザーの波長を微調整することで、90Sr原子のみを同位体選択的にイオン化することができます。

 

図1-28 観測された<sup>88</sup>Sr及び<sup>87</sup>Srの周波数スペクトル例

図1-28 観測された88Sr及び87Srの周波数スペクトル例

表1-2のスキーム(B)において、レーザー①、②により励起状態2に遷移させて、レーザー③の周波数をスキャンして観測された88Sr及び87Srのスペクトルです。87Srのみ自動電離準位の超微細構造に起因するエネルギーレベルの分裂が観測されています。

 

表1-2レーザー共鳴イオン化時のSr安定同位体(84Sr、86Sr、87Sr、88Sr)に対する90Srの光学的同位体選択性

2種類のレーザー共鳴イオン化スキーム:(A)689.4 nm–487.4 nm–393.8 nm及び(B)689.4 nm–472.4 nm–404.2 nmについて、Sr安定同位体に対する90Srの光学的(質量分析を含まない)同位体選択性を評価し、103~105程度と高い値が得られました。

表1-2

 


2011年に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故では、大量の放射性物質が環境中に放出されました。ストロンチウム90(90Sr、半減期28.8年)はその主要な放射性核種の一つであり、カルシウムと同じアルカリ土類金属元素であるため、体内に摂取した際の骨組織への沈着による内部被ばくの問題が指摘されています。

90Srの分析手法は、大きく放射線計測手法と質量分析手法に分けられます。前者は、90Srの娘核種であるイットリウム90(90Y)との放射平衡まで数週間放置し90Yから放出されるβ線を測定する方法が代表的ですが、この方法では放射平衡に時間を要し迅速分析は難しいと考えられています。後者は、90Srをイオン化して直接計測する方法ですが、広く使用されている誘導結合プラズマ質量分析法では90Yの娘核種で90Srと同じ質量数のジルコニウム90(90Zr)による同重体干渉、及びSr安定同位体を多く含む試料では質量数の近い88Srの質量スペクトル干渉を抑制するため、試料条件により複雑な前処理過程が要求されることがあります。

本研究では、図1-27のとおり90Sr原子のエネルギーレベルに合わせて波長を微調整した3本の半導体レーザーにより90Sr原子のみを元素・同位体選択的にイオン化(レーザー共鳴イオン化)する手法に着目し、四重極質量分析計を用いてSr+イオンを計測する装置を開発しました。高い同位体選択性が期待される2種類のイオン化スキーム:(A)689.4 nm–487.4 nm–393.8 nm及び(B)689.4 nm–472.4 nm–404.2 nmについて、Sr安定同位体の同位体シフト(84Sr、86Sr、87Sr、88Sr)及び超微細構造に起因するエネルギーレベルの分裂(87Srのみ)を観測しました。図1-28は、スキーム(B)のレーザー③(波長404.2 nm)の周波数をスキャンして観測された88Sr及び87Srのスペクトル例です。これらの分光データをもとに、Sr安定同位体各々に対する90Srの光学的(質量分析を含まない)同位体選択性を評価し、表1-2のとおり103~105程度と高い値が得られました。本手法により、特に90Zr及びSr安定同位体を多く含む土壌試料及び海洋試料等の分析において、既存の質量分析法と比較して試料の前処理過程の大幅な簡略化が期待されます。

本研究の一部は、原子力機構「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」(JPJA18B18071760)の「レーザー共鳴イオン化を用いた同位体存在度の低いストロンチウム90の迅速分析技術開発」の助成を受けたものです。

(岩田 圭弘)