1-13 長半減期放射性核種テクネチウム99を迅速に測定する

−固相抽出とガス反応を組み合わせ、ICP-MSでの迅速分析を実現−

図1-25 (a)通常のICP-MS測定と(b)開発したオンライン

図1-25 (a)通常のICP-MS測定と(b)開発したオンライン固相抽出ICP-MS法

通常のICP-MSによる99Tc測定は、同じ質量数である99Ruや98MoHが定量を阻害するため正しい値を求めることはできませんでしたが、開発した手法は99Ruや98MoHの分離機構をシステム内に組み込むことにより、99Tcのみの検出が可能になりました。

 

図1-25 ICP-MSの反応セル内での酸素に対する<sup>98</sup>Mo及び<sup>99</sup>Tcの反応挙動

図1-26 ICP-MSの反応セル内での酸素に対する98Mo及び99Tcの反応挙動

99Tcが酸素とほとんど反応しないのに対し、98Moと98MoHは大部分が98MoO2へと酸化され、質量分離が可能となりました。この化学反応を利用して、98Moが過剰に存在する試料でも99Tcを正しく定量できるようになりました。

 


テクネチウム99(99Tc)は、ウラン235(235U)などの核分裂時にセシウム137(137Cs)やストロンチウム90(90Sr)と同等の収率(約6%)で発生する半減期 21 万年のベータ線放出核種です。海洋中での移動度が高い一方、特定の海藻に蓄積することが知られています。海外の再処理施設では年間放出量と海藻中の99Tc濃度の傾向が類似していることを確認しており、海洋動態研究の指標核種としての利用が期待されますが、日本には公定分析法がありません。よって、本研究では、99Tcの環境動態調査に向けた分析手法の開発を行いました。

一般的に行われていた99Tcの放射能分析(99Tcの場合、ベータ線を測定します。)は他のベータ核種を全て分離する必要があり、その前処理に多大な労力と時間を要します。加えて、放射能分析では感度が低いため、極微量の99Tcを分析するには大量の試料を濃縮する必要があります。そのため、今回は少ない試料量で高感度に分析可能な誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)を用いて分析法の開発を行いました。ICP-MSは特定の質量数を持つ元素の濃度を精密に測定でき、99Tcの場合は質量数99を測定します。しかし、ICP-MSでは同じ質量数99を持つ安定同位体のルテニウム99(99Ru)と、装置内でモリブデン98(98Mo)に水素が付加した98MoHという物質が99Tcと同時に検出されてしまい、正しい定量値が得られない問題がありました(図1-25(a))。そこで、99Tcを選択的に吸着する樹脂を充てんした固相抽出カラムとICP-MS内の反応セル内に酸素ガスを導入する(従来、99Tc分析に反応セルは利用されていませんでした。)といった多段階分離機構を組み込んだ分析システムを構築し、干渉物質の効率的な分離を試みました(図1-25(b))。固相抽出カラムは条件を最適化することにより、99Tcに対して、99Ruを4000分の1以下、98Moを3000分の1以下にまで除去しました。しかし、日本の海水の分析例を見ると99Tcに対して99Ruは400倍以上、98Moは16億倍以上存在しており、固相抽出のみでは98Moの分離率が不足していることが分かりました。次に、ICP-MS内の反応セル内に酸素ガスを導入すると99Tcはほぼ反応せず、98Mo及び98MoHは酸化して主に98MoO2(質量数130)に変換することから、質量分離が可能になりました(図1-26)。これらの結果から、固相抽出と酸素ガスによる化学反応を一つのシステムとして併用することで、99Tcに対して98Moが1兆倍含まれる試料でも、99Tcの精密な測定が可能になりました。

本法で海水の放射能標準物質に含まれる99Tcを分析し、報告値(159~250 mBq/L)に対して、200.1±9.6 mBq/Lと誤差範囲を含めて報告値の範囲内に入っており、本分析法の妥当性を確認しました。本分析法は1検体当たり30分以内で分析可能であり、多検体処理を必要とする広域での環境動態調査における貢献が期待されます。

(松枝 誠)