図2-4 不確実さを考慮した溢水伝播シミュレーション結果の熱水力シミュレーションへの反映
図2-5 対策による炉心損傷発生時間の変化
「リスク」は、安全に関わる重要な指標です。原子炉のリスクの算出には、通常、機器の故障による影響を樹形状の図によって整理する確率論的リスク評価(Probabilistic Risk Assessment: PRA)手法が用いられ、地震や津波のような外的事象を含むケースにも適用されます。得られたリスクに関する情報(例えば、原子炉の炉心が損傷する頻度)は、継続的な安全性の向上等に向けた様々な意思決定に活用することができます。原子力機構は、先進的なPRA手法の一つである動的PRA手法を整備しており、その一環として本手法において中心的な役割を果たすツールであるRAPID(Risk Assessment with Plant Interactive Dynamics)を開発しています。動的PRAは、従来のPRAで用いられる樹形状の図に多様なシミュレーションを連携させます。それにより、従来のPRAで考慮が難しい機器の故障発生タイミング等の時間的影響をモデル化できます。特に、原子力施設内の配管破断等により生じる浸水によって機器の故障が生じる事象(溢水)の評価に動的PRAを使うことで、溢水が隣接する部屋に広がっていく現象(溢水伝播)による機器の故障発生時期や、そのプラント応答への影響を詳細に考慮できます。
そこで、本研究では、図2-4のように、RAPIDを用いて溢水伝播シミュレーションの結果をシビアアクシデント総合解析コードTHALES2による熱水力シミュレーションへ反映し、加圧水型原子炉のタービン建屋内で発生する溢水の動的PRAを実施しました。事故の影響を緩和する対策として、①運転員による溢水源の隔離操作と②ポンプによる排水の二つの対策を考慮し、溢水の発生から炉心損傷するまでの時期や炉心損傷する確率への影響を評価しました。
評価結果として、上記二つの対策を講じた場合の溢水発生から炉心損傷が発生するまでの時間の変化を図2-5に対策別に示します。ここでは、モンテカルロ法による10,000回の試行を行いました。運転員によって隔離操作を行った場合は、後期に生じる水没による機器の故障を回避させ、5時間以降に生じる炉心損傷を効果的に低減します。また、ポンプを使って排水した場合は、水没による機器の故障発生時期を遅らせ、炉心損傷発生時期を遅らせます。それらの二つの対策を併せて行えば、相乗効果によって、より効果的に炉心損傷を回避させ、溢水発生を仮定した際の条件付炉心損傷確率を1桁程度低減させることが分かりました。このことは、動的PRAにより、溢水による機器の故障発生時期を詳細に考慮したリスク評価が可能であることを示しています。
このようなリスク評価の結果により、施設のリスク特性をより詳細に理解でき、効果的な安全対策の策定等の意思決定が可能になります。今後は、溢水以外の事象を対象としたリスク評価にも取り組み、様々な対策の効果等を検証していきます。
本研究の一部は、東京大学のスーパーコンピューターOakbridge-CX並びに原子力機構のスーパーコンピューターICE X及びHPE SGI 8600を利用して実施しました。
(久保 光太郎)