3-7 ボース粒子のコヒーレントな性質の解明に迫る

−ボース・アインシュタイン凝縮体におけるジョセフソン流の振る舞いを決定−

図3-15 冷却原子気体で実現されるメゾスコピック系の概念図

図3-15 冷却原子気体で実現されるメゾスコピック系の概念図

冷却原子気体では、二つの熱浴とそれらをつなぐ伝導チャンネルから成る2端子輸送系が実現されています。各熱浴には冷却原子気体が捕獲されていて、原子の流れが伝導チャンネルを介して生じる仕組みとなっています。

 

図3-16 BECと超伝導体でのジョセフソン流の振る舞いの違い

図3-16 BECと超伝導体でのジョセフソン流の振る舞いの違い

(a)BECにおけるジョセフソン流の振る舞いの様子です。熱浴間の結合が強くなるにつれ(青→紫→黄→赤)、正弦曲線からのずれが顕著となり、発散的な振る舞いが現れます。(b)同様の解析を超伝導体で行った場合の結果で、結合を強くしても発散的な振る舞いは現れません。

 


現在、「量子コンピュータ」や「量子通信・量子暗号」など、量子力学の原理を利用した量子技術に関心が集まっており、世界的な競争が繰り広げられています。しかし、これらの量子技術を社会実装するためには、これまで以上に量子多体系を深く理解し制御していく必要があります。このような現状の中、量子多体系の本質を理解するためのプラットフォームとして、操作性・制御性の高い人工量子系である冷却原子気体が注目されています。

冷却原子気体は、真空中に捕獲され極低温まで冷却された原子集団のことで、1995年のボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)の実現後、爆発的に研究されるようになりました。特に最近、注目を浴びているテーマの一つが、冷却原子気体を用いたメゾスコピック系の研究です(図3-15)。

メゾスコピック系は元来、微細加工技術が可能な半導体などの固体電子系で発展してきました。特に、メゾスコピック領域(典型的にはマイクロメートル・スケール)で生じる非自明な輸送現象が注目され、調べられてきました。冷却原子気体においても、マイクロメートル・スケールでの系の制御技術が確立したことで、メゾスコピック系の物理との接点が生まれました。

冷却原子気体を用いたメゾスコピック系では、固体電子系での検証が難しい量子現象を観測できます。本研究で行ったBECの輸送現象はその典型例であり、ボース粒子のコヒーレントな性質を解明する上で重要な問題です。

BECでは、量子力学的な位相が系全体で揃った状態が実現します。二つの異なる位相を持った凝縮体がメゾスコピックな伝導チャンネルを通じて結合していると、位相差に伴う散逸のない流れが生じることが知られており、ジョセフソン流と呼ばれています。ジョセフソン流は元々、超伝導体において発見されました。超伝導体では、異なる電子状態が対を作って凝縮し、やはり位相が系全体で揃った状態が実現しています。このような類似性から、超伝導体とBECとではジョセフソン流の振る舞いに違いはないと考えられてきました。

本研究では、この予想が一般には成立しないことを理論的に示しました。特に、超伝導体とBECでは異なる輸送機構が生じていることが分かりました。輸送機構の違いは熱浴間の結合が強い場合で顕著となり、ジョセフソン流の振る舞いに決定的な違いが現れることが明らかとなりました(図3-16)。本研究成果は、「アトムトロニクス」とも呼ばれている冷却原子気体を用いた量子回路の実現と応用のためのシーズとなることが期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費基盤研究(C)(JP21K03436)「アトムトロニクスの新展開」、松尾学術振興財団松尾学術研究助成「ボース・アインシュタイン凝縮体におけるメゾスコピック輸送現象」及び文部科学省卓越研究員事業(JPMXS03)「冷却原子気体により実現可能な量子輸送に関する研究」の助成を受けたものです。

(内野 瞬)