図3-1 先端原子力科学研究
原子力にかかわる技術の多くは、総合科学の結集として、その基盤が支えられています。一方、20年後あるいは30年後に実用化される原子力利用の新しいフェーズに対し、その端緒を拓く最先端の研究を進めることが重要です。
先端基礎研究センターでは、原子力機構の将来ビジョン「JAEA 2050 +」に掲げる新原子力の実現へ向けて、先端原子力科学分野の基礎研究を強化し、新原理・新現象の発見、新物質・新材料の創製、革新的技術の創出などを目指します。その中で、他分野との積極的な融合と原子力科学技術を通じたイノベーションを加速するとともに、国際的な競争力を高めることにより優秀な研究人材を集約し、原子力基礎科学分野におけるCOEとしての役割を確立します。
先端基礎研究センターは、2022年度から始まった第4期中長期計画において、①「原子力先端核科学」、②「原子力先端材料科学」、及びこれらを有機的に結びつけるB「先端理論物理」の分野により組織化を行いました(図3-1)。①は、極限重元素核科学研究、ハドロン原子核物理研究、及び強相関アクチノイド科学研究で、また②は、スピン–エネルギー科学研究、表面界面科学研究、及び耐環境性機能材料科学研究で構成されます。この新たな組織の構築につながった2021年度の成果の例を、以下に示します。
「原子力先端核科学」の極限重元素核科学研究では、105番元素ドブニウム(Db)の気相化学実験を行い、Db化合物の揮発性を調べました(トピックス3-1)。この結果、Db化合物は、同じ属の元素化合物の傾向から外れ、相対論効果によって最外殻電子の軌道が変化していることが分かりました。本成果は、超重元素領域の周期表の構築に資するものとなります。ハドロン原子核物理分野では、3He及び4He原子核にそれぞれK中間子が回っている系のエネルギーを調べることで、原子核とK中間子に働く核力を調べる実験を行いました(トピックス3-2)。J-PARCの実験において、超伝導転移端型マイクロカロリメータを新たに開発し、高分解能のX線分光を行った結果、4Heと3Heの間に働く強い相互作用によるエネルギーシフトが小さいことが明らかになりました。本研究を発展させることで、中性子星の性質が明らかになると考えられます。強相関アクチノイド科学研究では、ウラン化合物であるUTe2を調べました(トピックス3-3)。物質内部の電子状態をミクロに調べる核磁気共鳴法を用いて調べたところ、ウランが持つ5f 電子に由来する電子の揺らぎを観測しました。この特徴を活かせば、量子コンピュータへの応用につながると考えられます。
「原子力先端材料科学」としてのスピントロニクス研究の発展により、ジュール熱の影響を受けない電子デバイスを作ることで省電力化が飛躍的に進むと考えられます。先端基礎研究センターは、トポロジー構造と呼ばれる物質内の電子状態を利用することで、電子スピンを制御する原理を確立しました(トピックス3-4)。これは、大容量磁気メモリーの発熱を5桁も減少させる成果となります。近年、温室効果ガスや有害ガスを発生しないクリーンな燃料として水素に注目が集まっています。水素を輸送する際には、液体水素にする必要があり、このとき、混在する2種類の分子、すなわち、オルト水素とパラ水素において、発熱を引き起こすオルト水素をパラ水素化にする技術が必要となります。表面界面科学分野では、この過程を観測する装置を開発することに成功しました(トピックス3-5)。オルト–パラ変換過程の測定は、この変換技術にイノベーションをもたらし、新たなエネルギー社会の実現につながると期待できます。界面の研究は、高レベル放射性廃棄物の地層処分においても重要です。これらを長期にわたり閉じ込めるため、何らかの理由で漏出した放射性核種を、粘土鉱物など周囲の岩盤に付着させる天然バリアを利用します。今回、土壌中にある酸の濃度と粘土鉱物への付着の関係を明らかにし、さらに吸着を機能させる錯体には2種類あることが分かりました(トピックス3-6)。
先端理論物理研究では、「量子コンピュータ」や「量子通信・量子暗号」など、量子力学を利用した技術のベースとなる新たな理論を構築しています。今回、高い操作性・制御性で着目される冷却原子気体を調べました。本成果はアトムトロニクスと呼ばれる新たな量子回路の実現につながると期待されます(トピックス3-7)。