3-1 周期表の重い極限領域で何が起こるか?

−105番元素ドブニウム分子で見えた周期律のほころび−

図3-2 実験イメージ図

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図3-2 実験イメージ図

核反応で合成した短寿命のニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、そしてドブニウム(Db)同位体を、速やかに実験装置に導入し、揮発性のオキシ塩化物を合成します。合成した化合物分子を、ガス流にのせて一定温度に保たれた石英製分離カラムを通過させると、揮発性の違いによってカラムの通過効率が変化します。カラム温度と収率の相関関係から、分子の揮発性を求めることができます。

 

図3-3 Nb、Ta及びDbオキシ塩化物について得られたカラム温度に対する収率の変化

図3-3 Nb、Ta及びDbオキシ塩化物について得られたカラム温度に対する収率の変化

得られたカラム温度–収率曲線と、目的分子の分離カラム表面へに対する吸着挙動シミュレーションを比較することによって、目的化合物の分離カラム表面(石英)に対する吸着の強さ(吸着エンタルピー−ΔHads)を求めました。カラム温度–収率曲線は、揮発性が低いほど高温側に、半減期が長いほど低温側に移動します。固体表面への吸着の強さは、揮発性と相関関係にあることから、化合物それぞれの気体になりやすさを推定することができます。

 


原子番号が103を超える非常に重い元素は、超アクチノイド元素または超重元素と呼ばれます。超重元素は地球上には存在せず、大型加速器からの重イオンビームによる核反応によって人工的に合成されます。このような重い元素では、原子核の周りを運動する電子の速さが光速に近づき、化学的性質を特徴づける電子の軌道が影響を受けるため(相対論効果)、超重元素は元素周期表の予想とは異なる性質を示す可能性が指摘されてきました。

105番元素ドブニウム(Db)は、周期表上ではニオブ(Nb)やタンタル(Ta)と同じ第5族元素(遷移金属元素)に属する超重元素です。Dbの場合、核反応で合成できる原子の生成率が5分当たり1個程度と極めて低く、そのうえ寿命が約30秒と短いために、一度に一つの原子しか扱うことができません。そのため実験が難しく、発見後50年が経つ現在も、その化学的性質はよく分からないままとなっていました。

本研究では、原子力機構のタンデム加速器を用いてDbを合成し、独自に開発したオンライン気相化学分離装置によって、Db揮発性化合物の化学合成と迅速化学分析を行いました。さらに、揮発性の大きさ(気体になりやすさ)について、同族元素であるNb及びTa化合物との相互比較を行いました(図3-2)。

その結果、純粋なドブニウム化合物(オキシ塩化物: DbOCl3)の分離に世界で初めて成功するとともに、Db化合物の揮発性がTa化合物と同程度であり、周期表からの予想に比べて高いことを明らかにすることができました(図3-3)。この予想より高い揮発性は、強い相対論効果の影響によって、「電子を放出しやすい」というDbの金属的な性質が、周期表の予想よりも弱まっており、化合物分子を形成する化学結合が「電子をお互いに共有する」という非金属的な性質を帯びたためであると考えられます。本研究成果は、掲載紙であるドイツ化学会誌Angewandte Chemie国際版裏表紙を飾りました。

相対論効果は、重い元素だけに特有のものではありません。全ての元素に内在し、周期表全体に影響を与えています。本成果は、化学全体の基礎となる周期表全体への理解につながるだけではなく、近年、分子設計や物質創生などでますます活用されている理論化学計算の高精度化への貢献が期待されます。

(佐藤 哲也)