3-2 超伝導検出器でK-中間子の強い相互作用を測る

−K中間子原子のX線分光精度を飛躍的に向上−

図3-4 K中間子原子のイメージ図

図3-4 K中間子原子のイメージ図

電子と同じように負電荷を持つK-中間子は、通常の原子中の電子と置き換わって電磁相互作用によってK中間子原子を形成することができます。このとき、強い相互作用がわずかに軌道エネルギーそしてX線エネルギーを変化させます。

 

図3-5 K中間子ヘリウム4原子の3d→2p遷移X線スペクトル

図3-5 K中間子ヘリウム4原子の3d → 2p遷移X線スペクトル

私たちの実験ではK中間子原子のX線をTES検出器で測定し、従来の半導体検出器での測定に比べて圧倒的なエネルギー分解能で、中心値を高精度で決定しました。

 


原子は正電荷を持つ原子核と電子が電磁相互作用によって束縛した系ですが、電子を別の負電荷粒子に置き換えることもできます。今回、私たちはK-中間子が束縛したK中間子原子に着目しました(図3-4)。クォークから構成される中間子には強い相互作用も働くので、K中間子原子が内殻準位に遷移するときに放出するX線を精密に測定し、電磁相互作用のみの計算値と比較することで、原子核との間に働く強い相互作用を調べることができます。K-中間子の研究は、同じくストレンジクォークを持つΛ粒子などの研究と合わせて、中性子星内部の解明に重要な役割を果たすと考えられています。

今までのK中間子原子のX線分光実験では、K-中間子ビームの強度が限られること、エネルギー分解能と検出効率を両立するX線検出器が無い、などの困難がありました。私たちは、J-PARCハドロン実験施設で供給される大強度K-中間子ビームを液体ヘリウム標的中に止めることで、大量のK中間子ヘリウム原子を生成しました。そして、超伝導転移端(Transition Edge Sensor:TES)型マイクロカロリメータを用いてX線を測定しました。

TES検出器は物質が超伝導へと転移するときにわずかな温度範囲で急激に電気抵抗が変化する現象を利用したエネルギー分解能の良い極低温検出器で、多素子化により有効面積を拡大できるため検出効率も同時に確保します。私たちは、この検出器を初めて荷電粒子ビームラインでの実験に使用しました。特に、K-中間子ビームには、何倍ものπ-中間子が含まれるため、高感度な検出器には厳しい環境です。私たちは、検出器への荷電粒子の入射を極力抑え、信号波形の解析で荷電粒子の影響を取り除くことで、6 eV(FWHM)程度の良いエネルギー分解能でのK中間子原子のX線測定に成功しました(図3-5)。

私たちは、ヘリウム4とヘリウム3のデータを取得し、それぞれの2p軌道において、強い相互作用によるエネルギーシフトが小さいことを、従来の半導体検出器での測定に比べて約10倍の精度で決定しました。この結果は、K-中間子と原子核との間に働く強い相互作用の引力の大きさに強い制約を与えます。今後、他のK中間子原子X線の測定や、近年発見されたK-中間子が強い相互作用で原子核中に束縛された系の研究を進めることで、K-中間子の強い相互作用の詳細が明らかになり、中性子星の性質にK-中間子がどう影響するかが分かってくることが期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費基盤研究(A)(JP16H02190)「J-PARCにおけるエキゾチック原子の革新的研究」及び文部科学省卓越研究員事業の助成を受けたものです。

(橋本 直)