3-3 ウラン化合物で見つかった電子の遅い揺らぎ

−次世代量子コンピュータにつながる超伝導の謎に迫る−

図3-6 スピン三重項超伝導体UTe<sub>2</sub>の結晶構造

図3-6 スピン三重項超伝導体UTe2の結晶構造

ウラン原子()は、結晶中でジグザグ状の特徴ある構造を持ちます。

 

図3-7 核スピン-スピン緩和率(1/T<sub>2</sub>)の磁場-温度依存性

図3-7 核スピン-スピン緩和率(1/T2)の磁場-温度依存性

温度を下げるとTH(▽)以下で電子の遅い揺らぎが徐々に発達し始め、1/T2の値が増大します。さらに、温度を下げると揺らぎはTP()でピークを持って一旦減少し、TL()以下で再び増大します。

 


コンピュータや携帯電話、インターネットのような、私たちの社会生活を変える技術革新の基盤となるのは、新しい性質を持った新物質の発見です。物質中にはアボガドロ数(1023個)程度の膨大な数の電子が存在しており、それらが互いに強い相関を持って集団として振る舞うとき、新奇な磁性や超伝導など、物質の新しい性質(=新しい電子状態)が生まれます。周期律表にある元素の組合せは無数にあり、その数だけ新物質の発見が期待されるのですが、特にここ数年、その発見の舞台として、ウランを含む化合物に大きな注目が集まっています。

本研究で対象としたウラン化合物UTe2(図3-6)は、2018年末にアメリカの研究グループにより発見された超伝導体です。通常の超伝導体では、超伝導を担う二つの電子のスピンは反対方向を向いていますが(スピン一重項状態)、UTe2ではスピンが同じ方向に揃ったスピン三重項超伝導と呼ばれる新しい超伝導が実現しています。発見直後からそのメカニズムの解明を目指し、国際的に激しい研究競争が続けられています。

今回私たちは、核磁気共鳴(NMR)法を用いて、UTe2の電子状態の解明を行いました。NMR法は、電子と原子核との間の相互作用を利用して、物質内部の電子状態をミクロに探ることができる実験手法です。その原理は、MRIとして医療の分野でも応用されています。私たちは本研究のため、NMR法で観測可能な125Te核を、天然存在比の7%から99%に濃縮した特別なUTe2単結晶を育成しました。その結晶を用いて、NMRの核スピン-スピン緩和率(1/T2)の測定を行い、物質内部のスピンや電荷の揺らぎの強さを調べました。その結果、MHz以下という、電子系としては非常に低い周波数を持った遅い揺らぎが、約30 K以下の低温で出現していることを見出しました(図3-7)。このような遅い揺らぎの出現は、図3-6に示す特徴的な構造を持ったウラン原子の電子間に、強い相互作用(長距離相関)が生じていることを示しています。スピン三重項超伝導のメカニズムにおいて、この遅い揺らぎの出現がどのような意味を持つのか、今後明らかにする必要があります。

UTe2を始めとするウラン系のスピン三重項超伝導体は、次世代量子コンピュータへの応用が期待される「トポロジカル超伝導」がバルクで実現する系として注目されています。トポロジカル超伝導は、これまで超伝導物質の表面や界面においてのみ実現すると考えられてきましたが、スピン三重項超伝導では、物質全体がトポロジカル超伝導となり得ます。UTe2を利用してスピン三重項超伝導の基本原理を解明できれば、それを基盤として新しいトポロジカル超伝導体の設計や開発も期待されます。原子力機構はJRR-3やSPring-8など、ウラン物質科学を強力に推進できる最先端の実験環境を備えています。その統合的な活用は、国際的にも高い研究競争力をもたらします。それらを武器に、私たちはこの新しい超伝導体の謎に挑んでいきます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費基盤研究(A)(JP20H00130)「ウラン化合物におけるスピン三重項超伝導状態の研究」の助成を受けて行われました。

(徳永 陽)