図3-8 電気的な磁気制御の模式図
図3-9 新原理による省電力な磁気制御の検証
磁石が示す磁気は、N極・S極と呼ばれる方向を持ちます。この磁気の方向を二進数(0,1)と対応付けることにより、磁石に情報を記録することができます(図3-8上)。最近では高速・大容量の情報を記録できる磁気メモリ等の開発に向けて、磁気の源である電子の「スピン」を制御する「スピントロニクス」と呼ばれる技術が、精力的に研究されています。特に、磁気メモリ動作の基本原理として、金属の中に電流を流し、その電流が運ぶ電子のスピンによって磁気を制御するメカニズム「スピン移行トルク」が、1990年代に理論提案されて以降広く用いられてきました(図3-8左下)。この方法により、1 mmの1万~100万分の1という微細な領域の磁気を制御することができ、高密度・大容量の情報処理に期待が持たれています。一方で、金属中を流れる電流は電気抵抗の影響を受けるため、磁気メモリの高密度化に伴って、電気抵抗による発熱(ジュール熱)に起因したエネルギー損失は無視できない問題となります。私たちはこの問題を解決するため、電気抵抗の影響を受けず、より省電力で磁気制御を可能とする、電気的な磁気制御の新しいメカニズムを発見しました。
この省電力化のカギとなるのが、一部の物質中で電子状態が示す内部構造「トポロジー」です。トポロジーの構造を持つ電子に電圧を掛けると、電気抵抗に影響されず、電圧の方向に対して垂直方向へと逸れて動く「異常速度」と呼ばれる挙動を示します。この異常速度に従って、電子のスピンはエネルギー損失なく揃い、省電力での磁気制御が可能になります。私たちは対称性に基づく理論解析により、この省電力な磁気制御メカニズム「トポロジカル・ホール・トルク」を見出しました(図3-8右下)。従来のスピン移行トルクに比べると、本研究で提案したトポロジカル・ホール・トルクで必要な電流は約100分の1となります。これは、電力消費を約10000分の1に削減できることに相当します。
さらに私たちは、この新原理による省電力な磁気制御の理論提案を、酸化物の磁石であるルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)を用いた測定により実証しました。温度を変えながら単位電流値当たりの磁気制御の効率を測定したところ、その温度依存性は二つのピークを持つ特異な構造を示し、さらに制御効率の大きさ自体も従来機構で説明できないほど大きいことが分かりました。これらの特異な温度依存性と大きさは、この物質中の電子が示すトポロジー構造「ワイル点」に基づく「トポロジカル・ホール・トルク」の原理によって説明できることを、理論的に初めて明らかにしました(図3-9)。
本研究によって実証された磁気制御の新原理は、スピントロニクスの省電力化に向けて「トポロジー」の果たす役割の重要性を提示するものです。今後はトポロジーを強く示す材料の探索・開発により、磁気メモリ等の大幅な省電力化に貢献することが期待されます。
本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費基盤研究(S)(JP19H05622)「ノンコリニアスピントロニクス」及び文部科学省卓越研究員事業の支援を受けて行われました。
(荒木 康史)