4-3 照射損傷の従来の理論予測が通用しない理由を探る

−耐照射性セラミックスにおける照射損傷メカニズム−

図4-6 イオン照射したCeO2に形成されたナノ構造組織

図4-6 イオン照射したCeO2に形成されたナノ構造組織

透過型電子顕微鏡の観察によって、イオンビームの飛跡()にそって形成された内部ナノ構造の径が表面ナノ構造の径よりも小さいことが分かります。

 

図4-7 高速重イオンを照射した後に形成されるナノ構造形成プロセスの概念図

図4-7 高速重イオンを照射した後に形成されるナノ構造形成プロセスの概念図

(a)耐照射性が弱いセラミックスと(b)耐照射性が強いセラミックスとでは、図のようにナノ構造形成プロセスが異なると考えられます。

 


セラミックスは、原子力材料として利用される際、高速核分裂片などの放射線によって照射損傷を起こします。例えば数十MeV以上の高速重イオンビームをセラミックスに照射すると、イオンの飛跡に沿ってイオントラックと呼ばれる内部損傷が形成されます。飛跡に沿った局所溶融を想定する熱スパイク理論に基づく計算で、多くのセラミックスについてイオントラックの径を正確に予測できます。

ところが、近年、特定のセラミックスにおいて、熱スパイク理論で予測されるイオントラックの径(理論値)よりも、実際に観測される径(実験値)が明らかに小さいことが指摘されるようになりました。特に、耐照射性の強いセラミックスにおいて、理論値と実験値のずれが顕著でした。なぜ、特定の材料で従来の理論が通用しないのでしょうか。イオンビームが入射する材料表面に形成される約10 nmの表面ナノ構造(ナノヒロック)を詳細に観察していくうちに、その理由が明らかになってきました。

図4-6に示すように、耐照射性が強いセラミックスの代表であるCeO2においては、イオントラックの径が、ナノヒロックの径よりも小さいことが分かりました。これまで多くのセラミックスで知られていたナノ構造の大小関係とは違う様相を呈しています。図4-7(a)に示すように、耐照射性が弱いセラミックスにおいては、飛跡に沿って局所溶融するために表面隆起が発生し、その後、溶融部分が「そのままの大きさで損傷として残る」というプロセスが想定されます。実際に、ナノヒロックとイオントラックの径が同じであることが実験で確認できます。また、この場合はイオントラックの径について、理論値と実験値とが一致します。

一方で、耐照射性が強いセラミックスは、図4-7(b)に示すように、最初のプロセスは同じですが、CeO2等で観察した結果から、内部の溶融部分が再結晶化により回復したと考えられます。従来の理論で想定されていなかった再結晶化現象のために、イオントラックが収縮していたと考えられるのです。再結晶化を証明するもう一つの証拠があります。ナノヒロックの結晶形態がきちんと回復していることです。図4-6を見ても、ナノヒロック中の原子が層状に並んだ規則的な原子配列で構成されており、再結晶化によってきれいな結晶状態が形成されたことが分かります。本研究の結果から、特定のセラミックスの耐照射性が強い理由は、再結晶化の速度が非常に速いためであると分かりました。再結晶化を最大化することができれば、材料の耐照射性を大きく向上させることが期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費基盤研究 (C)(JP20K05389)「耐照射性セラミックスの表面ナノ構造観察による照射損傷メカニズムの解明」の助成を受けたものです。 

(石川 法人)