4-4 建物影響を考慮した詳細な大気拡散・線量評価を初めて実現

−局所域高分解能大気拡散・線量評価システム「LHADDAS」の開発−

図4-8 六ヶ所再処理工場から放出された放射性プルームの流れと拡がり

図4-8 六ヶ所再処理工場から放出された放射性プルームの流れと拡がり

プルームはMP2とMP3の間の上空周辺を通過しています。放射性核種の大気中3次元濃度分布は、検出できない濃度レベルまで示しており、放射線影響が想定される範囲ではありません。

 

図4-9 空間線量率の時系列変化

図4-9 空間線量率の時系列変化

六ヶ所再処理工場敷地内のモニタリングポストの空間線量率の施設寄与分のみの測定値と計算値の比較を表しています。対象地点・期間における自然放射線による空間線量率は0.016 μGy/h程度を変動しており、濃度が高い再処理工場敷地内においても、空間線量率の上昇は自然放射線による変動の範囲内になっています。

 


原子力施設の運転時や事故時、あるいは都市域での放射性物質拡散テロへの対応における影響評価では、放射性物質の大気放出に対する放出点近くでの建物の影響を考慮した大気拡散計算と線量評価が必要となります。しかし、これまでの放射性物質の大気拡散・線量評価システム(原子力機構のSPEEDI、WSPEEDIなど)では、このような詳細な大気拡散計算と建物による遮蔽を3次元で考慮した線量評価はできませんでした。そこで、個々の建物の影響を受けた風の流れを考慮した高分解能大気拡散計算コード(LOHDIM-LES)*1と建物の遮蔽効果を考慮した線量率評価コード(SIBYL)*2及び都市大気拡散の高速計算が可能な計算コード(CityLBM)*3を統合した局所域高分解能大気拡散・線量評価システム「LHADDAS」を、システム計算科学センターとの連携研究により開発しました。「LHADDAS」は、原子力施設の安全審査における線量評価について、これまで用いられてきた風洞実験では困難な実際の気象条件を取り込んだより現実的な評価手法としての利用が期待されます。また、事前・事後詳細解析により、原子力事故時の施設内外作業員の被ばく線量評価、都市域での放射性物質拡散テロに対する汚染状況の把握と住民及び対応要員の被ばく線量評価が可能です。さらに、即時解析による都市大気拡散テロ時での迅速な拡散計算結果の情報提供も可能です。

開発した「LHADDAS」による大気拡散計算と線量率評価について、青森県六ヶ所村の再処理工場で2006年から2008年に実施された試験運転の際のモニタリングデータを活用してシステムの検証を行いました。試験運転の際に管理放出された放射性希ガス(クリプトン85(85Kr))について、敷地内のモニタリングポスト(MP)で大気中濃度と空間線量率が測定されています。まず、「LHADDAS」の大気拡散計算コードLOHDIM-LESにより、再処理工場の排気筒から放出された85Krの大気拡散計算を行いました。この計算では、細密地理情報を用いて標高・建物・樹木分布を5 mの高分解能計算格子により精緻に解像しました。図4-8に計算による85Krのプルームの流れと拡がりを示します。次に、線量率評価コードSIBYLを用いて、LOHDIM-LESによる85Krの3次元濃度分布から建物遮蔽効果を考慮して線量率評価を行いました。図4-9に示すように、MP2での滑らかな変動やMP3での鋭いピークの発生など、敷地内の異なるモニタリングポストでの空間線量率の測定値の時間変動パターンを、計算により良好に再現することに成功しました。これにより、現実の事象に対する「LHADDAS」の大気拡散及び線量率評価の性能を実証しました。

今後は、「LHADDAS」を、様々な大気拡散事象の課題解決へ活用していきます。特に、原子力施設からの放射性物質の大気放出に対して、原子力サイト内の詳細な拡散解析と放射線計測データの融合解析により、放射性物質の分布と放出量、あるいは汚染状況を逆推定する手法の開発を進めます。これにより、原子力事故時の放射性物質の漏えいや原子力施設の解体時の放射性物質の飛散の監視と環境影響評価への活用を目指しています。

(中山 浩成)

 

*1 Nakayama, H. et al., Development of Local-Scale High-Resolution Atmospheric Dispersion Model Using Large-Eddy Simulation Part 6: Introduction of Detailed Dose Calculation Method, Journal of Nuclear Science and Technology, vol.58, issue 9, 2021, p.949-969.

*2 Satoh, D., Nakayama, H. et al., Simulation Code for Estimating External Gamma-Ray Doses from a Radioactive Plume and Contaminated Ground Using a Local-Scale Atmospheric Dispersion Model, PLOS ONE, vol.16, no.1, 2021, e0245932, 26p.

*3 Onodera, N., Nakayama, H. et al., Real-Time Tracer Dispersion Simulation in Oklahoma City Using the Locally Mesh-Refined Lattice Boltzmann Method, Boundary-Layer Meteorology, vol.179, issue 2, 2021, p.187-208.