4-7 医用ラジオアイソトープ用吸着材の性能向上に向けて

−アルミナのモリブデン酸イオン吸着メカニズムの解明−

表4-1 アルミナのMo吸着容量及びミルキング溶液中のMoとAl量

アルミナは溶液のpHが低いほど、多くのモリブデン酸イオンを吸着しました。同様に、Mo脱離とAl混入も多くなる傾向を示しました。

表4-1 アルミナのMo吸着容量及びミルキング溶液中のMoとAl量

 

図4-15 ラマン分光による各モリブデン酸イオン吸着量(pH4)

図4-15 ラマン分光による各モリブデン酸イオン吸着量(pH4)

ラマン分光スペクトルを各モリブデン酸イオンピークでフィッティングして、ピーク面積から各イオン種の吸着量を比較しました。

 

図4-16 アルミナのモリブデン酸イオン吸着メカニズム

図4-16 アルミナのモリブデン酸イオン吸着メカニズム

①アルミナは周囲条件下で水和し、水溶液に浸すと表面にOH基を獲得します。②アルミナを酸性溶液に浸すと酸の濃度に応じてOH基が表面から除去され、正に帯電されます。③OH-の放出により、アルミナ表面近くが局所的に塩基性になり、MoO42−の形成が促進されます。④アルミナは酸性溶液にわずかに溶解し、AlMo6O24H63−が生成されます。⑤二つの陰イオンは、アルミナ表面の正に帯電したサイトとの静電相互作用により物理吸着されます。

 


核医学検査薬として代表的な核種であるテクネチウム99m(99mTc)は、モリブデン99(99Mo)を原料としています。現在、99Moはウランの核分裂により製造(核分裂法)されていますが、核セキュリティなどの観点からモリブデン98(98Mo)に中性子を照射して製造する放射化法が注目されています。しかし、核分裂法に比べて放射化法は99Moを極めて少量ずつしか製造できないという欠点があります。一般に、99Moから99mTcを取り出す際には、99Moを吸着したアルミナ(Al2O3)に生理食塩水を流す(ミルキング)と99mTcのみがアルミナから溶離されるという現象を利用します。したがって、核分裂法と同等の99mTcを取り出すためには、アルミナにより多くの99Moを吸着できるようにMo吸着性能の向上を図る必要があります。そこで、吸着量を増やすため、私たちはMoがアルミナに吸着する際の形態であるモリブデン酸イオンに着目し、その吸着メカニズムの解明を目指しました。

まず、モリブデン酸イオンを含む異なるpHの溶液にアルミナを浸してMo吸着した後、生理食塩水を流してミルキングを行いました。その結果、pHが低いほどMoを吸着しますが、ミルキングの際に余分なMo脱離及びAl混入を生じ、得られる99mTcの純度が下がることが分かりました(表4-1)。次に、アルミナ表面のOH基の量を比較しました。その結果、吸着前と比較してpH4、pH6ではOH基が増えますが、pH2ではほぼ変化しませんでした。これは、溶液への浸漬により表面のOH基が増えますが、Mo吸着量が多いとOH基の生成が抑制されることを示しています。さらに、吸着したモリブデン酸イオン種を調べました。その結果、吸着したイオン種はMo(VI)を含むイオンであることが示されました。続いて、吸着するモリブデン酸イオン種の特定及び吸着量の比較をしたところ、吸着したモリブデン酸イオン種はMoO42−及びAlMo6O24H63−であることが分かりました(図4-15)。また、先に述べたpHが低いほどMo脱離及びAl混入量が増えることと、二つのモリブデン酸イオン種の吸着量から、AlMo6O24H63−は吸着力が弱いことが推定されました。

この結果から、アルミナへのMo吸着メカニズム(図4-16)を明らかにするとともに、Mo吸着容量を向上する手法として、1)アルミナの比表面積向上による表面OH基の増加、2)アルミナの結晶相制御による表面OH基の増加、3)MoO42−のモリブデン酸イオン種で吸着するためのMo溶液の最適化という三つの手法を見いだしました。本成果に基づくMo吸着容量を向上したアルミナの開発は、核セキュリティに優れた放射化法の迅速な実用化に貢献します。

本研究は、日本学術振興会科学研究費基盤研究(B)(JP17H04256)「99Mo/99mTc国産化を推進する空間構造に優れた新規アルミナ吸着剤の開発」の助成を受けたものです。

(藤田 善貴)