6-7 高温ガス炉のより高精度な炉心解析を目指して

−疑似物質法により黒鉛の空孔率を自由に指定できる炉心解析手法の開発−

図6-13 高温ガス炉臨界実験装置VHTRCの断面図

図6-13 高温ガス炉臨界実験装置VHTRCの断面図

VHTRCは、高さ方向に240 cm、紙面奥行き方向に120 cmの六角柱が二つ重なる六角柱状水平2分割型の黒鉛減速の臨界実験装置です。高温ガス炉の炉心核特性に関する炉物理研究に利用されていました。

 

図6-14 既存の熱中性子散乱則データをそのまま使用した場合及び考案手法を使用した場合に得られる実効増倍率と、実験から得られた実効増倍率との比較

図6-14 既存の熱中性子散乱則データをそのまま使用した場合及び考案手法を使用した場合に得られる実効増倍率と、実験から得られた実効増倍率との比較

熱中性子散乱則データとして、JENDL-4.0(国産の核データのライブラリ)、ENDF/B-VIII.0(米国の核データのライブラリ)及び考案手法を使用し、これらから求めた実効増倍率と、実験から得られた実効増倍率を比較しています。JENDL-4.0では、理想結晶の場合の値が、ENDF/B-VIII.0では、理想結晶の場合の値、空孔率10%の場合の値、空孔率30%の場合の値が、それぞれ示されており、考案手法では、実際に使用された黒鉛の空孔率を模擬(空孔率26%相当)した場合の値が示されています。

 


黒鉛を減速材とする高温ガス炉を設計する上では、主に熱中性子による核分裂連鎖反応で臨界状態を維持していることから、炉心解析において、熱中性子の挙動を正確に評価することが重要です。その評価には、熱中性子と同程度のエネルギーを持つ、黒鉛の結晶の低周波数の格子振動と熱中性子との相互作用を定量的に考慮する必要があります。

そのための核データの一つに、熱中性子散乱則データ(物質の運動や構造が熱中性子に及ぼす影響を考慮するためのデータ)があります。これまで、黒鉛の熱中性子散乱則データとして、黒鉛の理想結晶(全ての原子が規則正しく並ぶ理想的な結晶)に対して評価されたものが利用されてきましたが、実際の高温ガス炉で使われる黒鉛は理想結晶ではなく、空孔(結晶格子の規則性が乱れた箇所にできる空隙)を含んでいます。低周波数の格子振動が黒鉛の空孔近傍で増加することから、実際の黒鉛の空孔率(結晶がどの程度空孔を含んでいるかの割合)を考慮した熱中性子散乱則データを用いることができれば、熱中性子の挙動をより正確に評価できると考えられます。

近年、ノースカロライナ州立大学のHawariらにより、黒鉛の空孔率をパラメータとした、実際の原子炉級黒鉛に対応した熱中性子散乱則データが作成され、米国の最新の核データのライブラリであるENDF/B-VIII.0に収録されました。しかし、このデータは、空孔率10%及び30%の原子炉級黒鉛にしか対応しておらず、これらは必ずしも実際の高温ガス炉で使われる黒鉛の空孔率と一致していないため、十分とは言えません。

そこで、私たちは、ユーザーが自由に黒鉛の空孔率を指定して評価することが可能な手法を考案・開発しました。ここで、網羅的に全ての黒鉛の空孔率に対応するようにライブラリを整備すると、取り扱う核データ量が膨大となるため、利便性の観点から望ましくありません。そのため、取り扱う核データ量を増やすことなく実現するために、ミシガン大学のConlinらによって提唱された疑似物質法という手法に着目しました。元々この手法は、軽水炉の核熱結合解析で必要となる膨大な温度点に対する核データ量の削減を目的に、異なる2点の温度に対応した核データを利用して、その間の温度の状態を確率論的に表現するというものです。

私たちは、本手法と同様に、異なる2点の空孔率の黒鉛の熱中性子散乱則データから、その間の空孔率の状態を確率論的に表現することができると考えました。考案・開発手法の妥当性を示すため、高温ガス炉臨界実験装置VHTRC(図6-13)に対して、炉心内での中性子の生成・消滅のバランスを表す、炉心解析精度の指標の一つである実効増倍率を計算し、過去に得られた実験結果との乖離の程度を評価しました。その結果、私たちの考案した手法から得られた実効増倍率は、従来のライブラリから得られる実効増倍率と比べ、実験値とより一致していることを確認することができました(図6-14)。

(沖田 将一朗)