9-4 環境中ラジウムの基本特性解明に向けた研究

−実験とシミュレーションによる水溶液中バリウムイオンの構造解明−

図9-7 水和Ba2+のEXAFSスペクトル

図9-7 水和Ba2+のEXAFSスペクトル

実験で得られたスペクトルを示します。これを解析し理論式でフィッティングすることで表9-1の結果が得られました。

 

図9-8シミュレーションを実施したセル

図9-8 シミュレーションを実施したセル

シミュレーションを実施した、1辺1.4457 nmの立方体中に1個のバリウムイオン及び100個の水分子が存在する構造を示します。この構造を用いて60 psの計算を実施し、得られた構造を解析することで表9-1の結果が得られました。

 

表9-1 算出された水分子の配位数とBaイオンとの距離

実験及びシミュレーションにより求めた結果を示します。SCAN汎関数を用いた値が実験結果に最も近いことが分かります。

表9-1 算出された水分子の配位数とBaイオンとの距離

 


ラジウム(Ra)はウランやトリウムの放射壊変により生成するため、放射性廃棄物の処理やウラン鉱山周辺の環境問題の解決において重要な放射性元素です。しかし、Raの取扱いの難しさから、水和構造などの基本的な物理化学的性質さえも不明な点が多いのが現状です。

そこで本研究では、類似元素(アナログ元素)であるバリウム(Ba)に着目しました。Baは周期表上でRaより一周期小さいですが、Raと同じアルカリ土類金属であり、イオンの大きさが類似していることから、化学的挙動がRaに類似することが知られています。本研究では、広域X線吸収微細構造(Extended X-ray Absorption Fine Structure: EXAFS)法を用いた実験及び密度汎関数法に基づいた第一原理分子動力学法(Ab Initio Molecular Dynamics: AIMD)のシミュレーションにより、Baの水和構造を解明することを目指しました。

EXAFS 法は、対象元素の原子の配位数や、その原子と近接原子との距離を直接的に測定できる手法です。試料が固体/液体/気体のいずれでも測定が可能で、元素選択性が高く、比較的低濃度でも測定が可能という利点があります。本研究では、高エネルギー加速器研究機構のPF-AR(Photon Factory Advanced Ring)にあるビームラインNW10Aで実験を行いました。測定試料は、0.5 Mの硝酸バリウム溶液をナイロンポリ製バッグに封入し作製しました。実験で得られたEXAFSスペクトルを図9-7に示します。

AIMDシミュレーションでは、用いる汎関数によって結果が異なるため汎関数の選択が重要であることが知られています。最近では、SCAN(Strongly Constrained and Appropriately Normed)汎関数が開発され、+1価イオンの水和構造をより良く再現できると報告されています。そこで本研究では、+2価であるBaイオン(Ba2+)にも応用できるのではないかと考え、SCAN汎関数を用いてシミュレーションを行いました(図9-8)。比較のため、これまで一般的に用いられてきたBLYP(Becke-Lee-Yang-Parr)及びBLYPに分散力の効果を入れたBLYP-D3の二つの異なる汎関数を用いたシミュレーションも行いました。

実験とシミュレーションそれぞれにより、Ba2+の第一水和殻に存在する水分子中酸素の数(配位数)及びBa2+と酸素の距離を算出しました(表9-1)。これらの値を比較したところ、SCAN汎関数を用いた結果が実験値に最も近くなりました。この結果はSCAN汎関数により+2価イオンの水和構造をより良く再現できることを示しており、RaをはじめとしたBa以外の+2価イオンの水和計算にも応用が期待できるため重要です。今後は、同様の手法をRaに適用しRaの水和状態を調べると共に、アナログ元素であるBaとの違いを定量的に評価していきたいと考えています。

本研究は、東京大学及び大阪大学との共同研究「放射性元素の環境中動態に関する研究」の成果の一環であり、日本学術振興会科学研究費研究活動スタート支援(JP19K23432)「実験とシミュレーションによるラジウムの粘土鉱物への吸着構造の解明」の助成を受けたものです。

(山口 瑛子)