図1 核データライブラリJENDLの開発と利用の模式図
中性子などの放射線に関するシミュレーション計算は、現在の原子力の研究開発において大きな役割を果たしています。原子核の核反応や崩壊に関するデータ(核データ)は基本的な入力データであり、シミュレーション結果の信頼性を左右します。核データライブラリは、様々な核データをシミュレーション計算で扱いやすいように整備したデータベースです。日本の核データライブラリJENDLの初版であるJENDL-1は、1977年に公開されました。JENDLは当初、高速炉の開発を目的にしていましたが、その後、軽水炉や核融合炉、中性子遮蔽など、原子力開発の基盤を広く支えるものとして拡張されてきました。2010年に公開された前版のJENDL-4.0では、MOX燃料や高燃焼度化への対応のため、マイナーアクチノイドや核分裂生成物のデータを充実させました。
現在、原子力の分野では、新たなイノベーションへ向けて多様な原子炉の開発が進められる一方、廃止措置や放射性廃棄物の有害度低減のための研究開発が進められています。また、エネルギー分野以外でも、医療などで放射線利用が広がっています。このような状況のもと、新たな原子力を含む幅広い放射線利用へ対応するため、収録データの大幅な拡張、中性子反応以外の陽子、重陽子、アルファ粒子や光子などによる原子核反応データの統合を行い、2021年12月にJENDL-5として公開しました。(https://wwwndc.jaea.go.jp/jendl/jendl.html)
中性子反応データは核データライブラリの中心的なデータであり、特に原子炉の特性を計算するために非常に高い精度のデータが求められます。J-PARCを含む世界の加速器施設で、多くの中性子反応データが測定されており、JENDL-5では、これら最新の測定データの知見を反映させ、信頼性を向上させました(図1)。一方、原子炉の廃止措置では中性子による放射化が問題になるため、原子炉構造物に含まれる微量元素を含めた評価が望まれます。JENDL-5では収録する核種の数を大幅に増やし、795核種のデータを収録することでこの要請に応えました。JENDL-1の77核種の10倍以上、前版JENDL-4.0の406核種から見ても2倍近い規模となっています。JENDL-5は天然に存在する全ての核種を網羅しており、幅広い素材に対するシミュレーション計算への利用が可能です。
医療を含む様々な分野で、陽子や重陽子、電子などの荷電粒子加速器を用いた放射線利用が進められています。これらの荷電粒子と原子核との反応のデータも、放射線利用の研究開発を進める上で、重要なデータです。JENDL-5では、これまでのJENDLにおいて、目的に応じて個別に提供していたデータを統合し、利便性を向上させました。また、荷電粒子の一つであるアルファ粒子は使用済燃料中のアルファ崩壊によって生成され、使用済燃料からの放射線の発生源となります。JENDL-5ではこのアルファ粒子のデータに関しても、放出中性子のエネルギースペクトルに改良を加え信頼性を向上させました。
今後、放射線が関わる広い分野でJENDL-5が利用され、研究開発が促進されることを期待しています。
(岩本 修)