図1 従来の線量計算方法(a)とRT-PHITS for CIRT(b)で評価した人体模擬ファントム内の線量分布の比較例
図2 RT-PHITS for CIRTの役割のイメージ図
放射線治療では治療を行う腫瘍領域以外の正常組織への照射を完全に無くすことはできず、正常組織でがん(2次がん)などの副作用が発生するリスクがあります。2次がんなどの確率的に非常に低い割合で起きる副作用の原因を究明するには、患者体内の詳細な被ばく線量分布を基に、臓器ごとの被ばくがどの程度で、それにより副作用がどれくらい発生しているのかを膨大な数の患者に対して調べる必要があります。炭素イオンを光速の約70%まで加速し、患者の体外から腫瘍に向けて照射する重粒子線治療では、従来のX線治療に比べて2次がんの発生率が有意に低いとの報告があります。しかし、治療部位から離れた正常組織への被ばく線量を調べるシステムがなく、統計的に十分な症例データを用いた定量的な評価がされていませんでした。
そこで、原子力機構と量子科学技術研究開発機構(量研)では重粒子線治療における治療部位から遠く離れた正常組織を含む全身の正確な線量分布を評価するシステムRT-PHITS for CIRTの開発を行いました。本システムは、重粒子線治療の治療計画データから照射装置の部品配置や患者CT画像を抽出し、治療時の重粒子線照射状況をシミュレーションで再現します。シミュレーションには、原子力機構が中心となって開発したモンテカルロ放射線挙動解析コードPHITSを用い、照射装置や患者体内での重粒子線の挙動とこれらの物質との核反応で生じる2次粒子の挙動を正確に再現します。これにより、従来は十分に考慮できなかった2次粒子からの被ばくを含めて患者全身の詳細な線量分布の評価を実現しました(図1)。
本システムは、世界最多の重粒子線治療実績を持つ量研で、過去に実施した治療の再評価に活用される予定です。評価結果を治療後の疫学データと組み合わせることで、2次がんなどの放射線治療後の副作用と被ばく線量の相関関係を明らかにすることができます(図2)。さらに本研究によって、重粒子線治療の2次がん発生率の低い理由や放射線治療における副作用の発生の仕組みの究明を目指します。これを実現することで、将来的な副作用の発生リスクの低減を考慮した画期的な放射線治療計画の策定が期待できます。
本成果は原子力機構と量子科学技術研究開発機構との共同研究による成果であり、共同プレス発表後に雑誌記事*でも紹介しています。
(古田 琢哉)
*古田琢哉, 重粒子線治療の全身被ばく線量評価システムRT-PHITS for CIRTの開発, Isotope News, no.787, 2023, p.20-23.