4-6 アクチノイド重元素が水と油の間を移動するメカニズム

−振動和周波発生分光法による溶媒抽出界面の分子構造研究−

図1 振動和周波発生(VSFG)分光測定のイメージ

図1 振動和周波発生(VSFG)分光測定のイメージ

油相と水相の界面に可視パルス光(振動数ω1)と赤外パルス光(振動数ω2)を入射し、界面から新たに発生する和周波光(振動数ω12)を検出します。

 

図2 VSFG分光測定データ

図2 VSFG分光測定データ

油相に抽出試薬(ジ(2-エチルヘキシル)リン酸)、水相にウラン(ウラニルイオン)が溶けた界面の測定結果です。抽出試薬のPOO官能基の2つのP-O結合が対称的に伸び縮みする振動(対称伸縮振動)による信号が観測されています。界面でウランが抽出試薬と結合していることを示しています。

 

図3 ウランの相間移動反応モデル

図3 ウランの相間移動反応モデル

ウランは水相中と油相中それぞれで全く異なった化学状態で存在していますが、界面で両相の中間的な化学状態に変化することによって界面を通過することができ、油相と水相の間を自由に行き来できるというモデルです。

 


超短パルスレーザーの強い光電場印加によって物質から発生する光を計測する振動和周波発生(VSFG)分光法は、気相や液相など異なる2つの相が接触した境界領域(界面)に存在する分子の構造を明らかにできる先進的なレーザー分光法です。これまでVSFG分光法によってアクチノイドなどの核燃料物質や放射性同位体を測定できる実験環境が整った研究機関は、国内外を問わずありませんでした。本研究では、VSFG分光装置を世界で初めて放射線管理区域内に構築することによって、アクチノイドの代表であるウランの溶媒抽出分離法における油相と水相の界面(油水界面)の分子構造の情報を得ることができるようになりました。今回構築した装置を用い、ウランが油水界面をどのように通過するのかという、ウランの相間移動メカニズムを明らかにしました。

VSFG分光測定(図1)では、油水界面に可視光と赤外光を入射し、界面から新たに発生する光(和周波光)を検出しました。図2に今回使用した抽出試薬のPOO官能基に由来するVSFG分光測定データを示しています。ウランを水相または油相に溶かすと、信号ピーク位置が1100 cm-1)から1125 cm-1)にシフトしました。量子化学計算プログラム(Gaussian)を使った解析の結果、このシフトは抽出試薬1分子のPOO基の酸素原子2個が油水界面においてウラニルイオン(UO22+)のウラン原子に結合したことに起因していると確認されました(図3)。

ウランは水相中で水和イオン、油相中で抽出錯体を形成していることが知られていますが(図3)、両相中で全く化学状態が異なるにも関わらず、ウランは界面をどのようにして通過するのか分かっていませんでした。本研究結果は、ウランが界面で抽出試薬と図3の分子構造を形成することによって、油相と水相の2相間を移動することを示しています。

抽出の際、ウランは必ず界面を通過するので、界面は溶媒抽出の重要な反応場であることは明らかです。今後、界面反応の解明を進めることによって、これまでに無い革新的なウランの溶媒抽出分離法の開発が期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費若手研究(B)(JP17K14919)「液液界面で起こる溶媒抽出機構の解明とそれに基づいた核分裂生成物の分離法の開発」、基盤研究(C)(JP20K05388)「放射性物質の固体表面における吸着状態と移動性の関係の解明」の助成を受けたものです。

(日下 良二)