4-5 計算科学を用いて合金の強度を評価する

−元素戦略による電子状態計算に基づく合金設計−

図1 転位運動のエネルギーと転位芯構造

図1 転位運動のエネルギーと転位芯構造

BCC金属の力学特性はらせん転位の運動に基づいて決まります。そのため、らせん転位の構造を原子モデルを用いて再現し、電子状態に基づくシミュレーションから、転位運動のエネルギーを評価することができれば、計算のみで強度などの力学特性を予測することが可能になります。

 

図2 (a)転位と合金元素の相互作用と(b)濃度cによって変化する強度と温度の関係

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図2 (a)転位と合金元素の相互作用と(b)濃度 c によって変化する強度と温度の関係

タングステンの転位と多様な遷移金属元素との相互作用エネルギーを計算しました。負号は引力相互作用を示しており、多くの元素が転位を引きつける効果を持つことが分かります。ただし、その大きさは元素の種類によって大きく異なり、周期表の族によって類似の傾向を示します。これは、転位との相互作用が電子の結合状態によって決定されることを意味します。さらに、このような相互作用によってマクロな強度特性が大きく変化することが分かりました。

 


構造材料の力学特性は、欠陥構造の動的挙動によって決定されます。とりわけ金属材料の変形では、すべり変形を司る線上の欠陥(転位)の運動が金属材料の強度や延性などの力学機能を決める最も重要な因子となります。合金化は、力学機能向上の有効なアプローチですが、添加される元素の効果をあらかじめ知ることは困難です。そのため、今日まで様々な合金系が開発されてきたものの、経験的な知見に基づき設計されています。今後の高度に制御された材料開発において、経験や勘に頼らない、材料種によらない包括的な材料設計指針が望まれてきました。

本研究では、合金系の力学機能の起源を電子構造に起因した転位芯(転位周りの原子がひずんだ部分)の特性から捉えることを目的とし、元素によって異なる電子状態を考慮した力学特性の評価を実現するための電子状態計算による欠陥構造解析と、それを用いた力学特性評価の方法を検討しました。

図1は、核融合炉用構造材料としての応用が期待されている体心立方格子(BCC)構造を持つタングステンのらせん転位が運動する際のエネルギー障壁と様々な位置にある転位芯の構造を示しています。一般にBCC構造の転位はHard(極大値)とSplit(最大値)の間にある鞍点を通って運動することが確認されます。このとき、合金元素が添加されると、転位との相互作用とエネルギー障壁を変化させますが、これがマクロな力学特性にどのように影響するのかを考えます。BCC合金のらせん転位の運動が熱活性化過程であることを考慮して、マクロな力学特性と関連付けます。ここで、力学応答は材料に含まれる転位の数と、転位の運動で表すことができます。この転位の運動は熱活性化過程なので、エネルギー障壁によって記述され、その基礎となる、転位と合金元素の相互作用について第一原理計算を用いて評価した結果が図2(a)になります。ここで、3d 〜 5dまでの遷移金属を対象として体系的に解析しました。d電子の状態の変化によって系統的に変化することから、転位と合金元素の結合に電子構造が大きく寄与することが確認されました。図2(b)は、熱活性化過程に基づく力学モデルから予測される強度の温度の関係を示しています。Reは濃度と温度によって複雑に強度が変化することが分かりますが、これが、実験で観察される固溶軟化と呼ばれる現象に対応しています。すなわち、合金元素を混ぜると通常は強度が高くなりますが、一部の元素は柔らかくなります。このような現象は、転位と合金元素の電子状態に起因する特殊な状況を考慮して初めて分かったものです。このように、計算機シミュレーションを用いた力学特性評価は、合金開発にかかる時間やコストを大きく削減できるとともに、新材料の開発にも貢献できることから、今後の元素戦略に基づく材料開発への貢献が期待されています。

本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR1998)「転位芯の局所自由度を有する力学理論に基づく新奇機能の創出 」の支援を受けたものです。

(都留 智仁)