4-4 キレート法を応用した新規腐食抑制手法を開発

−EDTAを利用した金属イオン導入によりすき間腐食を抑制−

図1 (a)すき間腐食断面模式図、(b)[Cu(EDTA)]2-構造式、(c)[Cu(EDTA)]2-によるすき間腐食発生抑制効果

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図1 (a)すき間腐食断面模式図、(b)[Cu(EDTA)]2-構造式、(c)[Cu(EDTA)]2-によるすき間腐食発生抑制効果

すき間腐食潜伏期間及び進展期間において、ステンレス鋼から溶け出した金属イオンの加水分解によりH+が生じることですき間内部のpHが低下します。この際、電気的中性を保つためにすき間内部へ陰イオンの泳動が生じます。すき間腐食の抑制にはすき間外部に腐食抑制作用を有する陰イオンを添加することが有効であることが知られています*1, 2。陽イオンであるCu2+はエチレンジアミン四酢酸(EDTA)とキレート錯体を形成し、中性溶液中では陰イオンである[Cu(EDTA)]2-として存在します。[Cu(EDTA)]2-をNaCl溶液に加えた結果、SUS 316Lのすき間腐食発生が抑制されました。[Cu(EDTA)]2-は陰イオンであるためすき間内部へ泳動し、すき間内部の低pH環境においてCu2+と[H2(EDTA)]2-に分離し、すき間腐食を抑制します。

 


ステンレス鋼の腐食抑制策の一つとして耐食性を向上させる金属を添加する手法がありますが、銅(Cu)を添加した合金は比較的安価でかつ腐食成長を抑制する能力が高いことで注目されています。一方Cu添加は腐食発生リスクを高めることが知られており、課題解決が望まれています。本研究では、Cuを腐食抑制剤として溶液中に添加することで腐食発生リスクを増加させずにCuによる腐食抑制作用を発揮することを目指しました。図1(a)に示すようにすき間内部へのイオンの移動は電気的中性を保つための陰イオンの泳動が支配的であり、Cu2+のような陽イオンの導入は困難です。そこで、低pH環境で分解する性質を持つCu2+とEDTAのキレート錯体である[Cu(EDTA)]2-(図1(b))を用いることですき間内へ直接Cu2-を導入するキレート法に着目し、新たなすき間腐食抑制方法の確立を目指しました。

SUS 316Lステンレス鋼で作製した試験片を用いて10 mM(mol L-1) の[Cu(EDTA)]2-を溶液中に添加した0.1 M NaCl溶液ですき間腐食試験を行った結果を図1(c)に示します。0.1 M NaCl及び10 mM のCu2+を溶液中に添加した0.1 M NaClの場合と比較して、すき間腐食発生による電流値上昇までの時間が遅延していることから、すき間腐食の発生が抑制されることが分かりました。このことから、溶液中に添加したCu2+はすき間内部へ泳動せず、[Cu(EDTA)]2-のみがすき間内部へ泳動し、腐食発生を抑制したと考えられます。また、すき間内部へ泳動した[Cu(EDTA)]2-はCu2+を分離する際、すき間内部に生成するH+と反応します。この反応により、[Cu(EDTA)]2-がH+を消費することですき間内部のpH低下量が減少したことに加え、分離されたCu2+の腐食抑制作用によりすき間腐食発生が抑制されたと予想されます。

本研究により、キレート法を用いることにより、腐食抑制効果のある金属イオンのすき間内部への導入が可能となることが分かりました。今後は、すき間腐食に対してより効果的な腐食抑制剤の開発を目指して金属イオンとキレート剤の組合せを探求していきます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費研究活動スタート支援(JP19K23581)「キレート化導入法を用いたステンレス鋼の局部腐食に対する新規腐食抑制技術の構築」の助成を受けたものです。

(青山 高士)

 

*1Aoyama, T. et al., In Situ Monitoring of Crevice Corrosion Morphology of Type 316L Stainless Steel and Repassivation Behavior Induced by Sulfate Ions, Corrosion Science, vol.127, 2017, p.131-140.

*2Aoyama, T. et al., NH4+ Generation: The Role of NO3- in the Crevice Corrosion Repassivation of Type 316L Stainless Steel, Journal of the Electrochemical Society, vol.166, no.10, 2019, p.C250-C260.