5-4 原子の磁気を原子核の磁気と比べて測る

−強い磁石の開発や磁気構造の解明に役立つ新中性子散乱法−

図1 中性子磁気散乱強度の温度変化

図1 中性子磁気散乱強度の温度変化

原子核の磁気に伴う散乱強度を測定すると、調べたい特定の磁性元素のみに着目できます。原子の磁気による散乱強度()と原子と核の寄与を含む散乱強度()を比較して磁性原子の磁気の強さが決まります。

 

図2 143Nd核準位の超微細相互作用分裂に伴うスペクトル

図2 143Nd核準位の超微細相互作用分裂に伴うスペクトル

超高分解能スペクトルの測定により143Nd核準位の分裂幅が約35 mKの温度に相当することが分かりました。この分裂幅に相当する低温以下で核磁気が発達します。つまり、図1(2)の温度以下の低温における強度の増加が、143Ndの核磁気によって生じることを実験的に明らかにしました。

 


磁石やモーター、記憶媒体などの磁気は、磁性元素の電子が担います。同じ磁性元素でも化合物によって磁気の強さが異なるため測定して決めます。ミクロの磁石である中性子は磁気によって散乱されるので、散乱強度から磁気の強さが分かります。通常磁気の強さを知るには、良質の大型結晶を育成し、数百点に及ぶ散乱強度を測定して適切な補正を施す必要があります。全ての原子が信号に寄与するからです。今回実証した方法では、特定の磁性元素が持つ磁気のみに着目するため、その原子核に誘起された磁気を観察しました。極端な場合、結晶構造や磁気構造が未知でも一つの磁気散乱だけで測定でき、簡便で正確です。複数の磁性元素の区別も、今回の手法により初めて可能になります。

図1に示したNd3Pd20Ge6(ネオジムパラジウムゲルマニウム)の中性子磁気散乱強度は、(1)ネオジム原子が磁気(赤太矢印)を帯びるTN =1.8 K以下で増大し、(2)さらに低温でネオジム原子核に磁気(青矢印)が発生して強度が増大します。特定の磁性元素では、その磁気により原子核に磁気が誘起されます。この原子核の磁気を捉えると特定の磁性元素が持つ磁気のみに着目できます。核の磁気は核種固有で大きさが正確に分かっているので、両者の比較により原子の磁気の強さが分かります。

J-PARC物質・生命科学実験施設において、核準位スペクトルを精密に測定して、原子核が磁気を帯びていることを明らかにしました。ネオジム原子が磁気を帯びると、天然存在比12.2%の143Nd原子核に磁気が発生します。その結果、同じ向きに磁気が最大7/2の基底状態から、反対向きで最もエネルギーが高い励起状態の−7/2まで、エネルギー準位が分裂します(図2)。中性子がネオジム原子核に衝突すると、(ⅰ)中性子及びネオジム原子核の磁気が変化しない(図2黒矢印)、中性子とネオジム原子核が磁気をやり取りして(ⅱ)ネオジム原子核の磁気が準位一つ分増加(図2青矢印)、(ⅲ)減少(図2赤矢印)する三つの過程が生じます。そのため中性子のエネルギースペクトルからネオジム原子核の準位の分裂幅が分かります。この分裂幅に相当する温度より低温では核に磁気が発生し、図1(2)の温度以下のように散乱強度が低温で急激に増加します。

この方法は磁性元素が適当な核の磁気を示す場合に有効で、その応用範囲を広げることは大変興味深い研究です。通常の方法だけでは困難な、複雑な磁気構造や結晶構造の解明が可能になります。そして強力な磁石となる磁性体の開発や、その機構解明に役立てることができます。

(目時 直人)