図1 中性子深さ分析の概要
図2 中性子深さ分析のエネルギースペクトル
リチウムイオン蓄電池(LIB)は大量の電気を蓄えられるため、スマートフォンなど様々なデバイスで使用されていますが、電解液に有機溶媒を使用しているため発火の危険性があるという問題点を抱えています。これに対して、全固体LIBは電解質が固体の電池で、次世代の電池として期待されています。全固体LIBは、通常のリチウムイオン電池と比較してエネルギー密度が高く、安全性や耐久性にも優れていますが、技術的には未熟で量産化には至っていません。
全固体LIBの性能を向上させるためには、LIB内部のリチウムイオンの移動メカニズムを明らかにすることが重要であると考えられますが、これまでその移動過程を可視化することは容易ではありませんでした。特に充放電中のリチウムイオンの動きをリアルタイムで追跡することは困難でした。
そこで私たちは、「中性子深さ方向分析法」で全固体LIB内部のリチウムイオンを観測することに挑戦しました。リチウムには重さの異なる2種類の同位体(6Liと7Li)があり、そのうち6Liは中性子と非常によく反応します。電池内の6Liと中性子が反応すると、熱中性子誘起核反応によってα線とトリチウム(3H)が放出されます(図1)。発生したα粒子と3Hのエネルギースペクトルを測定すると、それらが発生した深さに応じてエネルギーを失うことになるため、そのエネルギー損失から反応を起こしたリチウムの「表面からの深さ」を可視化することができます。
実験は研究炉JRR-3に設置されている即発γ線分析装置(PGA)を利用して行いました。本研究では、分析感度を上昇させるために、6Liを濃縮した正極(コバルト酸リチウム(LiCoO2))を用いて全固体LIB試料を作製しました。自然界に6Liは7.5%しかありませんが、この試料では95.4%まで濃縮しています。固体電解質としてはリン酸リチウム、負極としてタンタルを用いています。電池試料を真空容器に入れ、熱中性子を照射して、中性子深さ方向分析を行いました。実験の結果、実際に充電を行いながら全固体LIB内のリチウムイオンの移動過程を動的に捕捉することに世界で初めて成功しました(図2)。この実験結果をシミュレーションと比較したところ、固体電解質中のリチウムイオンは空孔を埋めるように移動しており、固体電解質中の全領域で移動するのではなく、固体電解質内の特定の領域のみを移動していることが判明しました。
充放電中の全固体LIB内のリチウムイオンの挙動を可視化する技術が開発されたことにより、今後全固体電池の開発が進展すると期待されています。
(大澤 崇人)