12-7 微細照射を可能にする高品位なイオンビーム生成のために

−サイクロトロンビームの高安定化技術の開発−

図12-15 TIARAサイクロトロン

図12-15 TIARAサイクロトロン

上部の鉄心部分を除いてサイクロトロン内部を見易くしてあります。イオンビームを電磁石中で回転させながらディー電圧で加速して徐々に回転半径を増加させ、デフレクタなどのビーム引き出し機器で外へ導いて照射に使用します。

図12-16 電磁石温度のシミュレーション

図12-16 電磁石温度のシミュレーション

実測温度測定データに基づいて計算したサイクロトロン電磁石内部の温度分布です。安定化技術による対策後はほぼ初期温度25度を維持しています。

図12-17 磁場とビーム強度の変化

図12-17 磁場とビーム強度の変化

左のグラフはサイクロトロン内部の磁場の変化を、右のグラフはビーム強度の変化を示しています。従来は変動が大きく、電磁石の再調整を行わないとグラフのようにビーム強度が減少していました。安定化技術によって電磁石の再調整をすることなくビーム強度はほぼ一定となっています。

イオン照射研究施設TIARA(Takasaki Ion Accelerators for Advanced Radiation Application)のサイクロトロン(図12-15)が生成するイオンビームは、植物育種やRI製造、宇宙用半導体の耐放射線性試験など、バイオ・材料科学研究を中心に機構内外のユーザーに広く利用されています。なかでも現在注目されているのが、通常数mmあるイオンビームのサイズをミクロンオーダーに細く絞った「マイクロビーム」で、微細部位へのイオンビームの狙い撃ちを可能にし、細胞の応答機構の解明などバイオ・ナノテクノロジーへの応用が期待されています。しかし、サイクロトロンで生成するイオンビームには安定度の問題があり、ビームの位相、軌道、強度などに変動が生じていました。そのため、「マイクロビーム」に必要なエネルギーの揃ったビームなど、高品位なビーム生成を可能にする精密な調整は困難であると考えられてきました。

そこで、TIARAサイクロトロンでは、ビームの高安定化に取り組みました。高周波ノイズで困難であったサイクロトロン電磁石の高精度な磁場計測をプローブの開発によって実現し、ビーム変動が磁場の変化で引き起こされること、そして、サイクロトロン電磁石のコイルの発熱による電磁石鉄心温度上昇でその磁場の変化が生じていること、を明らかにしました。このコイルからの熱流入を防止し、鉄心温度上昇を抑制する機構を有した(図12-16)電磁石温度制御システムの開発に成功しました。以前の磁場は0.01 %以上変動していましたが、このシステムの開発によって、現在は0.001 %以内という世界で最も安定した磁場が実現でき、再調整することなく生成ビーム強度はほぼ一定となりました(図12-17)。

ビーム径1 μmの「マイクロビーム」形成では、エネルギー幅0.02 %のビームが必要です。この高安定磁場によってビーム位相が従来より一桁精度良く制御可能となったことでエネルギー利得の均一化が図れ、目的のエネルギー幅達成が可能となりました。本高安定化技術は、「マイクロビーム」のみならず、医療を含めた様々なサイクロトロンのイオンビーム応用の基盤技術となっています。