図4-33 「光の鍵」による物質制御の概念的説明
図4-34 セシウム原子の選択励起のしくみ
図4-35 観測された状態毎の励起確率の位相差依存性
未来の超高速計算機技術としてクローズアップされている量子コンピュータ。これと同じ「物質の波動性」を利用する新しい物質操作の手法が研究されています。物質を構成する粒子は、原子・分子のレベルでは波として振る舞う、という量子力学の原理に基づいて物質の切断や接合を、同じく「波」である光を用いて制御する手法です。すなわち、光の波形を整形して「光の鍵」をつくり、その「鍵」に合う反応だけを起こす試みです(図4-33)。
その基礎実験として、私たちは、関西光科学研究所の極短パルス超高ピーク出力レーザー開発で培われたパルス波形整形技術を応用して、セシウム原子の光による励起の制御を試みました(図4-34)。ほぼ同じエネルギーを持つ2つの励起状態のうちの一方だけを、極短時間のうちに、選択的に生成させる超高速選択励起の実証実験です。位相相関のある極短パルスペアを作ることにより、これに成功しました(図4-35)。この図から一方の状態を完全に排除した励起が、パルスペアの遅延時間が300フェムト秒という極短時間でも可能であることが分かります。状態選択比(生成量の比)のコントラストは従来型のレーザーパルスを用いた場合に比べて100倍以上になりました。これは物質の波動性に起因する量子干渉を利用した新しい手法であり、極めて精密かつ高速に原子・分子の制御ができる技術の開発に繋がります。
私たちは、この超高速選択の原理を応用することで同位体分離法に技術革新を起こすことができると考えています。同位体分離技術は、半導体や医療などの先端産業で利用が期待されています。特に、原子力分野で高効率・高選択的な同位体分離法開発の必要性が高まっています。原子力発電所から生み出される放射性廃棄物の中に含まれる長寿命核分裂生成物について、中性子照射による非放射化あるいは短寿命化が検討されています。その中でセシウム−135などでは前もって同位体分離が必要であることが分かってきました。これらの元素の同位体分離法が開発されれば、将来の環境負荷を大きく低減する技術の確立に目処が立ちます。この他、パラジウムなど有用希少元素を放射性廃棄物から分離・精製する同位体分離法の開発が望まれており、今回の成果がその基礎研究として役立つと考えています。