4-17 世界最高性能の中性子スーパーミラーを開発

−J-PARC加速器中性子源の効率的な利用のために−

図4-38 原子力機構イオンビームスパッタ装置の基板ホルダ(500mmφ)とスーパーミラー成膜済みのガラス基板(50×400mm、4枚)

図4-38 原子力機構イオンビームスパッタ装置の基板ホルダ(500 mmφ)と
スーパーミラー成膜済みのガラス基板(50×400 mm、4枚)

 

図4-39 中性子スーパーミラーの中性子反射率測定結果

図4-39 中性子スーパーミラーの中性子反射率測定結果

縦軸、横軸はそれぞれ中性子反射率、運動量遷移(入射角に比例)。m=3(赤)400層、4(青)1200層、6.7(緑)8000層のスーパーミラーの臨界角での反射率はそれぞれ82、66、23 %。(黒:Niミラー)

中性子は軽元素や磁性体に対する感度が高く、X線に比べて水素に関する情報を引き出す能力が高いため注目を集めています。しかし、X線に比べてビーム強度が弱いことから、その弱点を克服する大強度パルス中性子が得られるJ-PARC(大強度陽子加速器)の建設が進められており、これによる物質・生命科学研究が展開されようとしています。この中性子源で発生する広い波長域の中性子ビームを全反射によって効率的に実験装置まで輸送し、分岐・収束させることが可能な中性子スーパーミラーが必要です。中性子スーパーミラーとは、異なる2種類の金属膜(NiとTiの組合わせ)を基板上に交互に少しずつ膜厚を変えながら積層したものであります。中性子が全反射される入射角(この最大値を臨界角という)が大きいほど、また中性子の反射率が高いほど、中性子ビームの輸送効率が高くなることから、スーパーミラーの性能はスーパーミラーとニッケルミラーの実効的な臨界角の比mと、そこでの反射率で評価されます。(m=1の臨界角は、物質科学研究で有用なエネルギーが25 meVの熱中性子に対して0.2度程度)。

私たちは、世界に先駆けて良質な薄膜の積層を可能にするイオンビームスパッタ法によるスーパーミラーの成膜技術開発を進めてきました。イオンビームスパッタ法は、電子ビーム蒸着法等の他の方法と比較すると、結晶粒が小さく急峻な界面をもつ多層膜が得られる利点がありますが、蒸着速度や成膜可能面積が小さいという弱点がありました。これらの弱点を解消するために、J-PARCのパルス中性子源等で用いられる中性子スーパーミラーを念頭に置いて、500 mmφの成膜可能面積(図4-38)を持つ世界最大の中性子スーパーミラー成膜用イオンビームスパッタ装置を設計・製作しました。この装置には、成膜した多層膜表面を第2イオン源からの低エネルギーのArイオンで平滑化する独自の機能が付加されています(特許申請)。

J-PARCで実際のビームラインで必要となるm=3(400層)及びm=4(1200層)のNi/Ti中性子スーパーミラーを成膜しその中性子反射率を測定したところ、臨界角での反射率がそれぞれ82 %及び66 %(図4-39赤線、青線)という世界最高級の結果が得られるとともに、500mmφの成膜可能面積に対してほぼ一様な性能を確認しました。臨界角を大きくするには、数nm程度の極めて膜厚の小さい膜を数千層にわたり精度よく積層することが必要であり、市販されている中ではm=4のスーパーミラーが、成膜技術研究の中で試作された中ではm=6のスーパーミラーがそれぞれ現時点での世界最高の臨界角であります。そのような現状の中、私たちは、m=6.7(8000層)のスーパーミラーの成膜に成功し、その臨界角での中性子反射率23%を達成しました (図4-39緑線)。今後は、これを応用した中性子ガイド管や集束ミラーなどの開発を行い、J-PARCパルス中性子実験装置の飛躍的な性能向上を図る予定です。