4-9 放射光X線を用いた電子の運動状態の観測

−共鳴非弾性X線散乱による電子励起−

図4-20(a)X線非弾性散乱の概略図(b)SPring-8のBL11XUに設置された非弾性X線散乱分光器

図4-20

(a)X線非弾性散乱の概略図 強いクーロン相互作用(青波線)でお互いに反発している電子のうち、真ん中の電子がX線で散乱されています。
(b)SPring-8のBL11XUに設置された非弾性X線散乱分光器。

図4-21 Nd1.85Ce0.15CuO4の共鳴X線非弾性散乱スペクトル

図4-21 Nd1.85Ce0.15CuO4の共鳴X線非弾性散乱スペクトル


物質の性質は、そのほとんどが物質中の電子によって決まっています。電子がどういうエネルギー・運動量状態で物質中にあるかを知り、そこから物質の性質を理解することが物質科学の重要な役割です。

従来の光の散乱や吸収の手法では電子のエネルギーと運動量の両方の情報を同時に得ることはできませんでした。最近、SPring-8な どから得られる高輝度放射光X線が発展したことにより、非弾性X線散乱という手法によってそれが可能となってきました。更に、X線のエネルギーを特定原子 の電子準位に共鳴させた共鳴非弾性X線散乱では、物質の性質を決めるのに重要な原子の情報を選択的に測定することができます。

図4-20(a)に非弾性X線散乱の概略図を示します。入射したX線のエネルギーEi、運動量kiと、電子に散乱されて出てきたX線のエネルギーEf、運動量kfを測定することで、電子に与えられたエネルギー・運動量がわかります。その強度が、物質中での電子の特徴を反映しています。私たちは図4-20(b)のような非弾性X線散乱分光器をSPring-8の原子力機構専用ビームライン(BL11XU )に設置し研究を進めてきました。

研究対象である強相関電子系と呼ばれる物質群は、高温超伝導や巨大磁気抵抗のような興味深い現象が現れることから注目されているものです。電子間に働く大きなクーロン反発により、電子はお互いに強い相関を与えながら複雑な運動をすることになります。それが強相関と 呼ばれる所以です。このような電子の運動状態をいかに記述し理解するかは、現代物理学の重要な問題となっています。そして、その運動状態は物質の性質の発現機構を考える上での出発点となるものです。

図4-21に強相関銅酸化物で超伝導体の一つであるNd1.85Ce0.15CuO4の共鳴非弾性X線散乱を示します。観測された電子励起は二つに分類できます。一つは、運動量 (0,0)、エネルギー2eVにあるもので、電子間のクーロン反発により分裂した銅3d軌道と酸素2p軌道の間にあるエネルギーギャップを飛び越える励起です。もう一つは、運動量(0,0)から(π,0)及び(π,π) に向けて高エネルギー側にシフトしていくV字状になっているもので、これは物質中を動き回る電子の励起です。後者の励起は、まさに物性を担う電子の運動に 関する情報を含んだ重要なものであり、その特徴は、強いクーロン反発を受けながら運動する電子の動的密度相関関数の理論計算とよく一致していることがわか りました。動的密度相関関数は二つの電子がお互いにどのようなエネルギーと運動量の関係で運動しているかを表す重要かつ基本的な物理量ですが、これまでは それを観測できる実験手法がありませんでした。今回の研究では、共鳴非弾性X線散乱が動的密度相関関数の観測手法となり得ること示し、強い相関を受けなが ら運動している電子のそれを初めて観測することができました。